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西城秀樹がカヴァーした作品から知る洋楽のスタンダード曲①~「トライ・ア・リトル・テンダネス」

2019.11.29

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1974年に発売された西城秀樹の2枚組ライブ・アルバムのオープニングを飾った楽曲は、ジョン・レノンの「ラブ(LOVE)」であった。

このアルバム『西城秀樹リサイタル ヒデキ・愛・絶叫!』には、1973年11月7日に東京郵便貯金ホールにおいて開催された2回目のコンサートの模様が収録されている。
メドレーも含めて全部で23曲のうち、過半数の13曲が洋楽のカヴァーであった。

アルバムの特徴はといえば、ロックの申し子である西城秀樹らしいところで、ビートルズの「「シー・ラブス・ユー」から、ローリング・ストーンズの「サティスファクション」、エルヴィス・プレスリーの「ラブ・ミー・テンダー」、ザ・ウォーカー・ブラザースの「孤独の太陽」、ポール・アンカの「クレイジー・ラヴ」、カーペンターズの「イエスタデイ・ワンス・モア」と、日本人が好きな洋楽がきれいに並んでいることだ。

デビューからは1年半が過ぎていたのだから、シングルのB面も含めればもう少し自分のオリジナル曲があっても良いのではないか、という気もする。
だが本人もスタッフも、あえてそうはしなかった。



彼らはそれぞれ洋楽のカヴァーについて、かなりのこだわりがあったようだ。
そんななかにR&Bの「トライ・ア・リトル・テンダネス」が入っていたので、さすがにセンスがいいと思った。

ところがカヴァーする際に参考にしたのは、アメリカでも成功していたトム・ジョーンズのヴァージョンだったという。
特に西城秀樹が気に入っていたというのだが、よく聴くと大編成のオーケストラによるアレンジはそうだったとも思えるものだった。しかし西城秀樹の歌から受ける印象はもっとロック寄り、もしくはR&B寄りの印象がする。

どちらかといえば大人のエンターテナーであるトム・ジョーンズよりも、忌野清志郎が愛したソウル・シンガーの亡きオーティス・レディングを彷彿させた。

1967年の「モントレー・インターナショナル・ポップフェスティバル」におけるライブで、ほとんどが白人だけの聴衆を前して、オーティスは圧倒的なライブ・パフォーマンスで認められた。
しかしその日のライブ音源や映像で世界中に広まる前、彼はその年の12月に自家用飛行機の事故によって不慮の死をとげてしまった。



そして死後に発売された「ドッグ・オブ・ザ・ベイ」が、初の全米1位に輝いたのである。
そんな歴史的な悲劇と劇的なパフォーマンスを思わせるくらいに、まだ18歳だった西城秀樹は天性の才能でソウルフルに仕上げていた。

そもそもはジャズのスタンダードだった楽曲なので、フランク・シナトラからアレサ・フランクリンまで実さまざまなカヴァーがあり、オーティスを受け継いだように思えるスリー・ドッグ・ナイトまで解釈も多彩である。




それから数年後になっても西城秀樹のライブ盤は、洋楽のカヴァー曲が多いことは変わらなかった。
いや、いっそう派手さと、ロック色を増していったのである。

1979年に発売された『BIG GAME ’80 HIDEKI(ビッグ・ゲーム’80 ヒデキ)』は、その年の8月24日に後楽園球場で開催された野外ライブが収録された2枚組だ。

そこでもクイーンの「WE WILL ROCK YOU(ウィ・ウィル・ロック・ユー)」、KISSの「LOVING YOU BABY(ラビン・ユー・ベイビー)」、ドナ・サマーの「HOT STUFF(ホット・スタッフ)」、ビリー・ジョエルの「HONESTY(オネスティ)」という具合に、日本の洋楽ファンが好きな作品が並んでいた。


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