TAP the SONG

中島みゆきからちあきなおみを経て、フェイ・ウォンによって世界に広まった「ルージュ」

2014.06.06

Pocket
LINEで送る

1989年6月4日に起きたの天安門事件の後、テレサ・テンは日本以外での音楽活動を封印するかのごとく沈黙していった。
それに代わってアジアの中国語圏で、絶大な人気を誇る歌姫になったのは大陸の北京に生まれ育った王菲(フェイ・ウォン)だった。

1989年に王靖雯(シャーリー・ウォン)の名で香港でデビューしたフェイ・ウォンは、2年間で3枚のアルバムを発表した時点までは、若手ポップス歌手のうちの一人にすぎなかった。

しかし1991年から1992年にかけての約半年間ほど、アメリカ合衆国に留学して帰国してからは、クールで透明感のある歌声に開眼したかのように大きな成長を見せていく。

アルバム『Coming Home』に収められた「容易受傷的女人(傷つきやすい女性)」の広東語ヴァージョンが、柔らかな裏声を活かした独特の歌い方で香港やシンガポールばかりか、広東語を使う華僑たちが住む世界各地の華人社会で大ヒットしたのは1992年である。
この時にフェイ・ウォンは英語名をFaye Wongと改めている。


そのヒットは大陸や台湾にも波及していたが、あらためて北京語ヴァージョンが発表されるとそちらも大ヒット、フェイ・ウォンはテレサ・テンの後を継ぐスーパースターとなっていく。

ところで「容易受傷的女人」の原曲は、1977年4月にちあきなおみがシングルで発表した「ルージュ」である。
だが当時の日本では、ヒットにまでは至らなかった。

作詞作曲した中島みゆき自身も1979年のアルバム『おかえりなさい』でセルフカバーしたが、それでもさほど知られた歌ではなかった。

ちあきなおみ

そんな目立たなかった作品を10数年後に、世界的なヒット曲として蘇らせたのはフェイの声そのものが持つ魅力と、表現力の豊かさによるところが大きい。
母音を伸ばして歌う日本語とは対照的に細かく語尾が切れる中国語の発音を活かして、フェイは見事にビート感へと転化させている。

そして伸びやかな声の響きを際立たせることで、オリジナルにはなかった新たなる生命を吹き込んだのだ。

素晴らしい才能のシンガーを媒介にして異文化が出会った瞬間に、本来のメロディが持っていた美しさが発見されたて新しいスタンダード・ソングが生まれたのである。


ちあきなおみ「ルージュ」

Pocket
LINEで送る

スポンサーリンク

関連アーティスト

関連するコラム

[TAP the SONG]の最新コラム

このコラムへの感想・コメントを書く

Pagetop ↑