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「なあ、泣くな、泣かないでくれ」とボブ・マーリーが祈る「ノー・ウーマン・ノー・クライ」のライブ録音

2018.07.19

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1975年の6月から始まった初のワールド・ツアーで、ボブ・マーリー&ウェイラーズは北米各地にある400人キャパのクラブを回って公演をした。
ところが6月18日にニューヨークのセントラルパークで開かれたサマーフェスティバルには、なんと1万5000人もの観衆が集まってきた。

きっかけはエリック・クラプトンがアルバム「461オーシャン・ブールヴァード」で、「アイ・ショット・ザ・シェリフ」をカヴァーして取り上げたことだった。
シングル・カットされた「アイ・ショット・ザ・シェリフ」が74年9月14日に全米1位となり、世界中の若者にレゲエという音楽を知らせる役目を果たしたのだ。

461-ocean-boulevard-front-coverエリック・クラプトン

ジャマイカを発祥の地とするレゲエに向けられる関心は、これによって格段にヒートアップしていった。
ボブ・マーリーは欧米のロック・ミュージシャンたちから関心を集める存在になり、全米ツアーの最終日となったロスアンゼルスのロキシークラブにはボブ・ディラン、ジョニ・ミッチェル、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スター、ローリング・ストーンズ、ザ・バンド、グレイトフル・デッドのメンバーたちが客席にいた。

ライブ終了後には「この10年で最高のライブ」と語ったという、ジョージ・ハリスンの言葉がメディアを通して世界にまで広まった。


ジャマイカからの移民が多く住むロンドンで公演が開かれたのは、その年の7月18日から2日間だった。
初日、「ノー・ウーマン・ノー・クライ」のイントロが始まると、観客席からごく自然に歌声が湧き上がった。

ボブ・マーリーが「♫ なあ、泣くな、泣かないでくれ」と、何度もなんどもくり返す「ノー・ウーマン・ノー・クライ」は、あまりにもシンプルな歌詞であるがゆえに、聴く側が自由に解釈できる余地がある。

すべてうまくいく
だいじょうぶ
だから、女よ、泣かないでくれ
なあ、泣くな、泣かないでくれ
いい子だから、涙を流さないでくれ


繰り返される「♪ Everything’s gonna be all right」というフレーズは、意味ではなく祈りがダイレクトに伝わってくるかのようだ。
そして「ノー・ウーマン・ノー・クライ」からも、意味を超えて生きるための希望が伝わってくることになる。

この曲を一緒に口ずむことで、ボブ・マーリーの音楽から何を受けとめるのか、それはすべて聴き手の感性にかかっている。
カリブ海に浮かぶから小さな島から世界中に届けられた歌に命を与えるのは、聴いている人間の情動なのである。

ボブ・マーリーのレコードの発売元だったアイランド・レコードのプロデューサー、クリス・ブラックウェルは初日のライブに立ち会っていて、諭すように、訴えるように、祈るように歌われる「ノー・ウーマン・ノー・クライ」を目撃して決断した。

レゲエが白人に受け入れられた歴史的瞬間を記録しようと、翌19日の公演をレコーディングすることに決めたのだ。

ボブ・マーリーLIVE!

こうして出来上がったアルバム「ライブ!(Live)」には、カリブ海の小さな島国に生まれたレゲエが辺境から世界の舞台へと、まさに躍り出る瞬間の熱気が記録された。

世界の音楽の歴史にレゲエという新しいページが、このレコードによって大きく開かれることになったのである。


(注)本コラムは2014年7月25日に公開した『女よ、泣かないでくれ、ボブ・マーリーの「ノー・ウーマン・ノー・クライ」』を改題、大幅に加筆したものです。

<関連コラム>
*TAP the STORY「ロンドンに置き去りにされたウェイラーズ」

ボブ・マーリィ〜心臓の鼓動をとらえた音楽レゲエで世界を一つにした男



「ボブ・マーリィ〜心臓の鼓動をとらえた音楽レゲエで世界を一つにした男」
「劇的な和解でジャマイカに平和の可能性を見せたボブ・マーリィ」

Bob Marley『Live』
Island

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