TAP the SONG

伝説のジャックスから、伝説の岡林信康に受け継がれたロック・スピリッツ

2014.07.18

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かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう

「僕はこのレコードをどうしても流行に乗り遅れてしまうような方に捧げようかと思う。多分に時代遅れぎみのこれらの詞曲は、けっしてかっこよくはなくなんともみじめな歌ばかりなのである。」(早川義夫)

関西フォークの発信元となったインディーズのURCレコードで、ジャックス解散後に契約ディレクターとして働き始めた早川義夫は、1969年の晩秋にソロ・アルバム「かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう」を発表する。

ほぼ全曲がピアノの弾き語り、時代の流行とはまったく無縁、孤独と向き合って別離や死をテーマに、一言一言が吐き出されるかのように日本語で歌われていた。

それがロックを中心に音楽を論ずる月刊誌『ニューミュージック・マガジン』で、1969年度の日本のロック・ベスト・アルバムで3位に選出される。
2位になったのがエイプリル・フール の「Apryl Fool」、はっぴいえんどを結成する前に、松本隆と細野晴臣が在籍していたバンドだ。

そして1位に選ばれて「第1回日本のロック賞」を与えられたのは、岡林信康のファースト・アルバム「私を断罪せよ」だった。

デビュー直後の岡林の作品は、歌詞の内容や表現方法から多くの曲が放送禁止となったが、一部の若者たちやマスコミからは熱く支持された。

だが反体制の象徴として「フォークの神様」などと祭り上げられて、カリスマとして神格化される状況に強いプレッシャーを感じた岡林は、1969年の9月に第一線から姿を消して沈黙する。

マスコミが失踪騒ぎを書きたてる中で岡林は、60年代の半ばに同じような体験をしたボブ・ディランのアルバムを聴きこんでいた。
そしてディランと同様にロック・スタイルで活動することを決めたところに、スタジオでリハーサルを行っていたデビュー前のバンド、はっぴいえんどに出会うのだった。

はっぴいえんどはビートやグルーヴといった概念と、日本語によるロックの構築を最初に打ち出したバンドで、彼らと交流を持ったアーティストやスタッフたちが、70年代以降の音楽シーンで主流を形成していくことになる。

だが1969年の時点では、細野晴臣、大滝詠一、鈴木茂、松本隆の四人が結成したばかりの無名のロックバンドでしかなかった。

はっぴいえんどが演奏した岡林のセカンド・アルバム「見る前に跳べ」には、早川がジャックスで発表した「ロールオーバー庫之助」、「堕天使ロック」、そして「ラブ・ジェネレーション」の3曲がカヴァーされている。

僕らは何かをし始めようと 生きてるふりをしたくないために
時には死んだふりをしてみせる 時には死んだふりをしてみせるのだ

(「ラブ・ジェネレーション」作詞・作曲 早川義夫)



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岡林が沈黙の期間につくった傑作として、音楽シーンに大きな衝撃を与えた問題作の「私達の望むものは」には、「ラブ・ジェネレーション」からの影響がはっきりと感じ取れる。

私たちの望むものは 生きる喜びではなく
私たちの望むものは 生きる苦しみなのだ
私たちの望むものは あなたと生きることではなく
私たちの望むものは あなたを殺すことなのだ

(「私達の望むものは」作詞・作曲 岡林信康)


ジャックスから岡林信康に受け継がれたロック・スピリッツと、日本語によるロックへの挑戦は、それを媒介したはっぴいえんどにも引き継がれて、日本の音楽シーンはいよいよ新たな時代を迎える。


「私達の望むものは」岡林信康(1970)


ジャックス「ラブ・ジェネレーション」(1968)
https://www.youtube.com/watch?v=SDI0eZONBlc

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