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発見された「八月の濡れた砂」、誕生した歌手の石川セリ

2014.08.08

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究極の音楽映画とも言える『八月の濡れた砂』は、TBSラジオの深夜放送でパーソナリティを務めていたアナウンサーの林美雄に発見されて、リスナーの間で次第に評判になっていった。

一般のテレビ番組やラジオでは紹介されない映画や演劇、音楽を取り上げることに心血を注いだ林は、自分の番組を通してこの映画を熱く語り、石川セリが歌うテーマ曲を毎週のようにかけ続けたのだ。

主題歌の「八月の濡れた砂 」が陽の目を見ることになったのは、映画が公開されてから数カ月が過ぎた翌年の春だった。

そこから歌手の石川セリが、世に知られていく。

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夏の湘南を舞台に、無軌道な生き方が描かれる映画『八月の濡れた砂』(監督・藤田敏八)は、1971年8月に公開されたが、観客はほとんど入らなかった。

鬼才として知られる脚本家の大和屋竺が脚本に名を連ねているだけあって、さまざまな暗喩が散りばめられた物語は、観客が登場人物の誰にも共感できないように設定されてある。

しらけムードに覆われていた時代に、生きている手応えを確かめたいがためだけに、思いつきで行動する若者たちのストーリーを追っても理解不能だ。
時代の空気感を体験していない人は、観ても戸惑うか呆れるか、もしかすると怒るかもしれない。

夏場だけ海水浴客で賑わいをみせる町は、実は生活臭に満ちた野暮ったい田舎だ。
刺激と自由を求めてもがく若者たちは、誰一人としてカッコ良くなんかない。
出口の見えない青春という時期に苛立ち、鬱屈を抱えているのは男も女も変わりない。

そんな中に流れる音楽、地中海や南フランスを思わせる乾いた音色が、わずかに救いとなる。


  あたしの海を 真赤に染めて
  夕陽が血潮を  流しているの
  あの夏の光と影は 何処へ行ってしまったの
  悲しみさえも 焼き尽くされた
  あたしの夏は 明日も続く


盛り上がらない話、楽しくもない現実、卑怯な大人たち、無様な自分たち、すべてが中途半端で不完全燃焼、何の興奮も感動も、納得さえも与えてもらえぬまま、映画はラストを迎える。

ところが海に浮かんだ白いヨットで、キャビンの壁が真っ赤なペンキで塗られていくあたりから、画面は突然のように緊迫感を帯びてくる。

やがてライフルで撃ちぬかれた穴からは海水が船室に流れ込んで来て、相模湾に浮かぶヨットを俯瞰で捉えた映像に、死の予感が漂う中でエンディング・ロールが流れるとテーマソングが重なる。

そこからが本当のクライマックスだ。

8分の6拍子のリズムに乗せて印象的な民族楽器のアルバが鳴って、アンニュイな石川セリの歌が始まる。
楽器と歌声、歌詞が渾然となって生じる音楽の力、そこから立ち昇る快感が続く。

  あの夏の光と影は
  どこへ行ってしまったの
  思い出さえも 残しはしない
  あたしの夏は 明日もつづく


夏の太陽が照らす目映い光と、そこに生まれる陰影は、所詮はまやかしなのかもしれない。

だが流れてきた歌と音楽はまぎれもない本物だったことが、映画館を出てメロディと歌詞がリフレインされることでわかってくる。


石川セリ『ゴールデン☆ベスト 石川セリ シングルス・アンド・モア』
ユニバーサル インターナショナル


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