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エイプリル・フールから独立した小坂忠の「しらけちまうぜ」は日本語ソウル・ミュージックの原点

2017.04.01

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小坂忠が1968年に「ザ・フローラル」というバンドのヴォーカルとしてデビューした頃、日本にはまだ確たるロックシーンは存在していなかった。

加熱するGSブームの渦中に売り出されたザ・フローラルだったが、1967年から始まったグループサウンズの全盛期は短く、翌年には早くも下降気味になった。
ザ・フローラルはブルース・ロック志向を打ち出して、新メンバーに細野晴臣と松本隆を迎え入れた。
そこから英語の歌詞でオリジナル曲をうたうバンド「エイプリル・フール」となる。(注)

ところがサイケデリック・ロックへの指向性を強める柳田ヒロと、新メンバーに加わった細野晴臣の音楽性がうまく合わなかったために、デビュー・アルバムを作ったまではいいが、発売と同時に解散してしまうという結果になった。

当時の心境を、細野晴臣がこう語っている。

当時、僕はサイケバンドも聴いていたけど、シンガー・ソングライターのローラ・ニーロとかも没頭して聴いていたのね。
でも、柳田ヒロがローラ・ニーロは好きじゃないって言うんで、一緒にはできないと思って、エイプリル・フールは一年だけやって解散した。
その後、小坂忠と松本(隆)と、日本語でオリジナルやろうと思ってたんだけど。
忠がミュージカルの『ヘアー』に出るっていうんで抜けちゃって、松本とどうしようって。
それで大瀧や茂とはっぴいえんどを結成することになるわけだ。



こうしてローラ・ニーロを好きかどうかが踏み絵のようになって新しいバンドが出来かかっていたところに、ブロードウェイでヒットしていたロック・ミュージカルの『ヘアー』が、1969年12月に日本で上演されるという話しが持ち込まれた。

小坂忠がそこで主演に選ばれてバンドを抜けたことから、結果的には大瀧詠一が加入することになり、やがてはっぴいえんどが誕生するのである。
松本隆は「エイプリル・フールが解散したら、次は日本語でやらせてくれ」と、細野晴臣に対して毎日のように言っていたという。

その後、小坂忠はアルバム『ありがとう』を1971年に発表してソロ活動を始める。




またレコーディングの仲間だった松任谷正隆、後藤次利、駒沢裕城、林立夫とともに「小坂忠とフォージョー・ハーフ」を結成している。
フォージョーハーフとは日本語の「四畳半」から付けた、和洋折衷のバンド名だった。

それから3年が過ぎてフォージョーハーフを解散した小坂忠は、細野晴臣、鈴木茂、林立夫、松任谷正隆を中心に結成されたティン・パン・アレーの演奏によるアルバム『HORO』を1975年1月に発表した。
このアルバムは日本のR&B、ソウル・ミュージックの元祖として、数多くのミュージシャンに影響を与えることになる。

ハード・ボイルド小説的な味わいを随所に感じさせる『HORO』は、小坂忠の若い割には渋みがあってソウルフルなヴォーカルを中心に、細野晴臣、鈴木茂、松任谷正隆、林立夫といったティン・パン・アレーのメンバーと鈴木(矢野)顕子による演奏、吉田美奈子や大貫妙子、山下達郎のコーラス、そして矢野誠のストリングス&ホーン・アレンジという総合力の賜物だ。

今から見れば後に日本のロック/ポップス界を築きあげた大御所ばかりだが、当時はまだみんな若手であり、一部にしか名を知られていないミュージシャン、バンドマン、シンガー・ソングライターたちだった。



松本隆と細野晴臣のソングライティングによる「しらけちまうぜ」は、これまでにないタイプの歌で小坂忠の代表作となった。
そこにアルバムのエッセンスが凝縮されていた。

「しらけちまうぜ」
作詩・松本隆 作曲・細野晴臣 編曲・細野晴臣&矢野誠

小粋に別れよう さよならベイビイ
振り向かないで
彼氏が待ってるぜ 行きなよベイビイ 
早く消えろよ
涙は苦手だよ 泣いたらもとのもくあみ 
しらけちまうぜ
いつでも傷だらけ 愛だの恋は今さら 
しらけちまうぜ


都会風に気取っているのに嫌味がなく、必要以上にカッコつけているわけでもない。
ハードボイルドを気取って強がってはいるが、深刻ぶってはいるわけではない。
自然体で、外見と中身が一致していた。

僕はソロ・アーティストとして、『ありがとう』というアルバムからスタートしているんですけれども、その『ありがとう』から『ほうろう』までの間っていうのは、ずっと自分のヴォーカル・スタイルを模索しながらやっていた感じなんですよ。


アルバムを作った小坂忠は、ようやくこの『ほうろう』で自分のスタイルが決まり、ここから本格的に出発するぞという意識を持てたという。

『HORO』のレコーディング・メンバーで行った「ファースト&ラスト・ツアー」は、4月4日の福岡・電気ホールから始まり、7月3日の東京・郵便貯金ホールで終了した。
しかしその年に起きた娘の交通事故をきっかけに、小坂忠はクリスチャンになり、やがて教会でゴスペルを歌う道へと歩んでいくことになる。

小沢健二が東京スカパラダイスオーケストラとの共演で「しらけちまうぜ」をカヴァーして脚光を浴びたのは、発表から20年の時を経た1995年のことだ。
そのヴァージョンはスカパラ5枚目のアルバム『グランプリ』に収録された。






(注)(「GSのザ・フローラルからエイプリル・フールを経てはっぴいえんどへ至る道」)




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