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寺山修司が世に出した”ふたりのマキ”①浅川マキの世界「かもめ」

2015.10.23

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浅川マキが2010年に突然のように亡くなった後、音楽プロデューサーの寺本幸司はCDのライナーノーツでこう述べている。

蠍(さそり)座で、寺山修司構成演出で、浅川マキ公演をやった。
毎夜10時開演というライブで、かなりの冒険で心配だった。
でも、蓋を開けたら、ドアが閉まらないほどの連日満員で、成功した公演となった。
(「Long Good-bye to MAKI」ライナーノーツ)


1962年に設立された「アートシアター新宿文化」は、新宿通りと明治通りが交叉する角、伊勢丹の斜め前にある2階建ての小さな映画館だった。

アーティストの岡本太郎の言葉、「芸術はすべて実験である」を掲げて作られた劇場で、初めのうちは非商業主義的な海外の芸術映画を中心に上映していた。
やがて日本の若い映像作家たちの意欲的な作品や実験映画などを紹介し、前衛的な演劇公演も行なわれるようになった。

三島由紀夫が短編小説「憂国」を自らが脚色して監督、主演もつとめた台詞のないサイレント映画の『憂国』は、白黒スタンダードによる35ミリ作品で上映時間はわずか29分の短編だ。

それが1966年4月から上映にされると、アートシアター新宿文化が始まって以来の大ヒットを記録するのである。

アートシアター 三島由紀夫と憂国

寺山修司が率いる演劇実験室「天井桟敷」が、第一回公演『戯曲<浪花節による一幕>青森県のせむし男』を春に、第3回公演『毛皮のマリー』を秋に、映画の上映が終わった夜の10時から行って大成功を収めたのは1967年のことだ。 
こうしてアートシアター新宿文化は、「前衛芸術」とカウンターカルチャーのメッカとなっていく。

劇場の地下に「アンダーグラウンド蠍座」をオープンしたのも1967年だった。

アートシアター新宿文化
(アートシアター新宿文化の前で談笑する三島由紀夫と葛井欣四郎)

そこは実験的な映画や芝居を発表する小さなスペースで客席はわずか90席、発案者だったアートシアター新宿文化の支配人、葛井欣四郎は三島由紀夫に相談して「蠍座」と命名する。

私はぜひ星座の名前を付けたかったんです。
すると三島さんが、ケネス・アンガーの実験映画「スコピオ・ライジング」がすごくいい映画だと教えてくれました。
そこからシアタースコーピオ、蠍座って決めたんです。 
真昼の劇場じゃなくて、夜の劇場です。
暗闇の中から反体制的な芸術が生まれればいい。


それから1年後、夜10時開演という常識外れのコンサートで、「夜の劇場」にふさわしいスターの浅川マキが誕生する。 
そこでは寺山修司が作詞だけでなく、構成と演出も手がけていた。

おいらが恋した女は
港町のあばずれ
いつもドアを開けたままで着替えして
男達の気を引く浮気女
かもめ かもめ 笑っておくれ

おいらは文無しマドロス
バラ買うゼニも無い
だからドアの前を行ったり来たりしても
恋した女にゃ手も出ない
かもめ かもめ 笑っておくれ


水夫による港の娼婦の殺人をモチーフにした「かもめ」は、まさに物語性の強い寺山ワールドそのものだった。
それ以来、蠍座では浅川マキのコンサートが定期的に行われ、寺山の書いた歌詞による独特のアングラ的な世界が評判になっていく。

口コミで徐々にその知名度が上がった浅川マキは1969年7月、東芝レコードのEXPRESS-レーベルから「夜が明けたら / かもめ」のシングル盤で注目を集める。

よがあけたら かもめ

A面の「夜が明けたら」は自作の歌詞で蠍座におけるライヴ録音で、そのジャケットもまた蠍座の入り口に立つ浅川マキの写真だった。
このシングル盤はゴールデン街をはじめとする新宿の飲み屋、バー、スナックなどで局地的にヒットして、口コミで全国へと広まっていった。

1970年に発売になった浅川マキのファースト・アルバム『浅川マキの世界』 では、B面の2曲目以降が蠍座でのライブ音源で構成されていた。

浅川マキの世界

A面
1. 夜が明けたら (作詞:浅川マキ/作曲:浅川マキ)
2. ふしあわせという名の猫 (作詞:寺山修司/作曲:山木幸三郎)
3. 淋しさには名前がない(作詞:浅川マキ/作曲:浅川マキ)
4. ちっちゃな時から (作詞:浅川マキ/作曲:むつひろし)
5. 前科者のクリスマス (作詞:寺山修司/作曲:山木幸三郎)
6. 赤い橋 (作詞:北山修/作曲:山木幸三郎)

B面
7. かもめ (作詞:寺山修司/作曲:山木幸三郎)
8. 時には母のない子のように(Traditional)
9. 雪が降る(作詞:安井かずみ/作曲:アダモ)
10. 愛さないの愛せないの (作詞:寺山修司/作曲:山木幸三郎)
11. 十三日の金曜日のブルース (作詞:寺山修司/作曲:山木幸三郎)
12. 山河ありき (作詞:寺山修司/作曲:山木幸三郎)

今でも当時の空間を音で再現できる貴重な音源には、日本的な湿った情感と叙情の世界、曲間に入るSLのSE、街角ショートインタビュー、子供の演じる小芝居などの演出で、 60年代後半の新宿アングラ文化の空気感が記録されている。

タイトルにある通り、それはまさに『浅川マキの世界』だったが、同時に『寺山修司の世界』でもあった。

おいらは恋した女の
まくらもとに飛び込んで ふいに
ジャックナイフをふりかざして
女の胸に赤いバラの贈り物
かもめ かもめ 笑っておくれ

おいらが贈ったバラは
港町にお似合いだよ たった
一輪ざしで色あせる
悲しい恋の血のバラだもの
かもめ かもめ 笑っておくれ
かもめ かもめ さよなら あばよ



浅川マキについてはこちらのコラムもご参照ください。<TAP the NEWS 「挫折を知る者の歌〜それはスポットライトではない〜」>



浅川マキ『浅川マキの世界』
EMIミュージックジャパン

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