TAP the SONG

ハリウッド映画の残像からユーミンの「ルージュの伝言」に受け継がれたメッセージ

2016.01.22

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それしかやるすべがなくて、今まで思春期とか、幼少時代送ってきたのをすべてはき出していたアルバムが『ひこうき雲』と『MISSLIM』という二枚なの。


ユーミンこと松任谷由実は3枚目のアルバム『コバルト・アワー』について、それまでとは発想を変えて作ったと語っている。
私小説だというコンセプトに基づいていて作られた『ひこうき雲』と『MISSLIM』は、もう二度とできないという意味からして、まぎれもなく私小説と呼べる作品であった。

しかし『コバルト・アワー』は私小説からの脱皮、もしくはシンガー・ソングライターとしての確立を目指して、プロの音楽家が新たなる表現に挑んだ作品となった。

そんなアルバムを代表する曲が、先行シングルとして発売された「ルージュの伝言」だ。
もとはといえば「何もきかないで」というポップな曲が書けたので、それをシングル盤で出すことを想定し、B面用に作られた曲だった。

自分でこういうものを作ろうと意識してつくり出した、本当によく覚えている、好きな曲なのよ。


自身の体験を題材にした私小説的な世界から抜け出すため、自分の中に何があるのかと改めて向き合って見つけたのは、兄の影響で聴いていた60年代のアメリカン・ポップスだった。

自分の引き出しに初めて気がついたの。
私は引き出しをあけながらものを考えていくんだ、ということを漠然と考えて、そういえば六〇年ポップスの引き出しというのも兄なんかの影響でもっているんだったと思って作った曲なのよ。


さっそく兄が持っていたレコードの中から気に入ったシングル盤を取り出して、それらをエンドレスで聴いていて、ある映画のシーンが浮かんできたという。

懐かしの60年代を感じさせるポップな「ルージュの伝言」は、A面に昇格してシングルになって、ユーミンに初めてのヒットをもたらした。

ユーミン「ルージュ」

兄のシングル盤の中にはおそらくニール・セダカの「恋の一番列車(Going Home To Mary Lou)」もあったことだろう。

歌い出しの「ディンドンディンドン」という言葉が印象的なこの曲は、本国のアメリカではシングル・カットもされなかったが、1961年暮れから62年前半にかけて日本で大ヒットした。
1962年といえば東京オリンピックを2年後に控えて、明るい未来に向けて誰もが希望に目を輝かせていた時代だ。

アメリカン・ポップス好きの当時の少年少女たちは英語がうまく聞き取れなくても、歌いだしの「ディンドンディンドン」の部分だけはいっしょに口ずめたのだ。


「ルージュの伝言」では「Ding-Dong(ディンドン)」という鐘の音を表す英語が、「どんどん」という時間の動きを表す日本語にも重なっていた。
それらが歌詞のなかでアクセントになり、アメリカン・ポップスの懐かしい空気感を生み出している。

あのひとはもう気づくころよ
バスルームに ルージュの伝言
浮気な恋をはやく
あきらめないかぎり
家には帰らない
不安な気持を残したまま
街は Ding-Dong
遠ざかってゆくわ
明日の朝ママから電話で
しかってもらうわ My Daring!


ただしサウンドは懐かしい60年代ポップスでも、「バスルームに ルージュ」で「ルー」の韻を重ねる歌詞、「ing」および「ng」という英語のくり返しは、それまでの日本の歌には見られなかった新鮮さが感じられた。

このあたりが才女にふさわしい言葉の使い方だが、ユーミンの歌詞にはもうひとつの新しさがあった。
それは時間と空間が流れていく感覚や、空間の色彩を映像的に感じさせる表現だ。

エリザベス・テイラーのなんかの映画の、鏡に別れの言葉を書いて家出していくシーンを覚えていてね、そのイメージをダブらせながら書いたの。すごく早くできたの。


ニール・セダカの「恋の一番列車」が日本でヒットしていた同じ時期に公開された映画『バターフィールド8』は、実在した悲劇のコールガールをモデルにした小説の映画化で、悲劇的な運命をたどるヒロインを演じたエリザベス・テイラーはアカデミー主演女優賞に輝いた。

エリザベス・テイラー

ただしユーミンの記憶とは少し違っていて、エリザベス・テイラーは家出をしたわけではなかった。

本業のモデルとは別に“バターフィールド8”の名で呼ばれるコールガールだったヒロインは、ある朝、仕事をこえて好きになってしまった紳士のアパートの一室で目を覚ます。
そしてテーブルに置いてある250ドルの現金を発見し、怒りと悲しみが混じった気持ちから、鏡に口紅でこう書きなぐる。

「No Sale」


その印象的なシーンの残像から、ユーミンは自分のオリジナルな世界を展開していったのだ。

ポップスの職人たらんとした大瀧詠一は、こんな名言を残している。

ポップスの分野で、過去の名曲を下敷きにして曲を作ることは、当り前のことで何も悪いことではないのである。
要はそれがどれがけ良い曲になるか、その名曲を越えようという意識がどれだけあるか、にかかっている。
それをポップスではオリジナリティーと呼んでいる


ユーミンはここからポップスにおけるソングライティングやプロデュースの王道を歩んでいく。



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