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「ルージュの伝言」〜エリザベス・テーラーが主演した映画の残像からユーミンがイメージした物語

2018.09.28

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ユーミンこと松任谷由実は3枚目のアルバム『コバルト・アワー』について、それまでとは発想を変えて作ったと語っている。
私小説というコンセプトに基づいていて作られたファーストの『ひこうき雲』と、セカンドの『MISSLIM』はもう二度とできないという意味からしても、まぎれもなく私小説と呼べる作品だった。

それしかやるすべがなくて、今まで思春期とか、幼少時代送ってきたのをすべてはき出していたアルバムが『ひこうき雲』と『MISSLIM』という二枚なの。


そこで私小説からの脱皮とシンガー・ソングライターとしての確立を目指し、プロの音楽家が新たなる表現に挑んだのがサード・アルバム『コバルト・アワー』である。
そんな意欲的なアルバムを代表する曲が、先行シングルとして発売された「ルージュの伝言」だった。
もとはといえば「何もきかないで」というポップな曲が書けたので、それをシングル盤で出すことを想定して、それならばとアメリカンポップス調の曲をB面用に作ったという。

自分でこういうものを作ろうと意識してつくり出した、本当によく覚えている、好きな曲なのよ。


ユーミン「ルージュ」

自身の体験を題材にした私小説的な狭い世界から抜け出すために、あらためて自分の中に何があるのかと向き合ったとき、ユーミンが見つけたのは兄の影響で聴いていた60年代のレコードだった。
さっそく兄が持っていたレコードの中から気に入ったシングル盤たちを取り出して、それらをエンドレスで聴いていて、ある映画のシーンが浮かんできた。

そこから懐かしの60年代を感じさせる「ルージュの伝言」が誕生し、A面に昇格してシングルになったことで、ユーミンに初のヒットをもたらしたのだった。

自分の引き出しに初めて気がついたの。
私は引き出しをあけながらものを考えていくんだ、ということを漠然と考えて、そういえば六〇年ポップスの引き出しというのも兄なんかの影響でもっているんだったと思って作った曲なのよ。


兄のシングル盤の中にはおそらく、ニール・セダカの「恋の一番列車(Going Home To Mary Lou)」もあっただろう。
歌い出しの「ディンドンディンドン」という言葉が印象的なこの曲は、本国のアメリカではシングルにななっていないのだが、1961年暮れから62年前半にかけて日本だけで大ヒットした。


「恋の一番列車」の歌い出しは「Ding-Dong(ディンドン)」という鐘の音を表す英語から始まるが、ユーミンは「ルージュの伝言」で時間の動きを表す日本語の「どんどん」に重ねて使っている。
それらが歌詞のなかでアクセントになって、アメリカン・ポップスの懐かしい空気感を醸し出していた。

またサウンドは懐かしい60年代ポップスでも、「バスルームに ルージュ」と「ルー」の韻をつなぐ歌詞のセンス、「Ding」から「Dong」と「Daring」とくり返すあたりに、それまでの日本の歌には見られない新鮮さがあった。

あのひとはもう気づくころよ
バスルームに ルージュの伝言
浮気な恋をはやく
あきらめないかぎり
家には帰らない
不安な気持を残したまま
街は Ding-Dong
遠ざかってゆくわ
明日の朝ママから電話で
しかってもらうわ My Daring!


そしてユーミンの歌詞にはもうひとつ、表現の仕方にも新しさが感じられたのである。
時間と空間が流れていく感覚が、実に映像的に描かれていたからだった。

ニール・セダカの「恋の一番列車」が日本でヒットしていた同じ時期に、実在したコールガールをモデルにした映画『バターフィールド8』のなかで、悲劇的な運命をたどるヒロインを演じたエリザベス・テイラーはアカデミー主演女優賞に輝いた。

エリザベス・テイラーのなんかの映画の、鏡に別れの言葉を書いて家出していくシーンを覚えていてね、そのイメージをダブらせながら書いたの。すごく早くできたの。


エリザベス・テイラー


本業のモデルとは別に、“バターフィールド8”の名で呼ばれるコールガールだった彼女はある朝、仕事の関係をこえてほんとうに好きになってしまった紳士のアパートで目を覚ます。
そしてテーブルに置いてある250ドルの現金を発見したとき、鏡に向かって口紅でこう書きなぐって部屋を出ていく。

「No Sale」


その怒りと悲しみが混じった印象的なシーンから、ユーミンは自分のオリジナルな物語を展開していったのである。
ポップスの職人たらんとした大瀧詠一は、オリジナリティーについてこんな名言を残している。

ポップスの分野で、過去の名曲を下敷きにして曲を作ることは、当り前のことで何も悪いことではないのである。
要はそれがどれがけ良い曲になるか、その名曲を越えようという意識がどれだけあるか、にかかっている。
それをポップスではオリジナリティーと呼んでいる


ユーミンはポップスにおけるソングライティングにおいても、ここから王道を歩んで世界を大きく広げていくことになる。






(注)本コラムは2016年1月22日に公開されました。

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