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先輩格のかまやつひろしのために吉田拓郎が書いてくれた「我が良き友よ」

2016.04.01

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かまやつひろしは1970年代の前半、原宿の「ペニーレーン」や六本木の飲み屋などで、吉田拓郎とよく顔を合わせていたという。
当時の拓郎はフォークやロック、歌謡曲というジャンルの壁を越えて、変わりつつあった音楽シーンでひときわ輝いているアーティストだった。
それぞれの人間関係や人づき合いから自然に知り合った二人だったが、積極的に近づいていったのはかまやつひろしのほうだ。

 ぼくは、なんとか彼と共演したくて、ことあるごとに「一緒にやろうよ」と、しつこく言い寄っていた。別にヒット曲が欲しいとか、ヘンな色気があったわけではない。だから拓郎も受け入れてくれたのだと思う。
 自分とは全く違う音楽をやっている人間に、ぼくはその頃から興味があった。好奇心なのだろう。それがなくなったら、音楽をやっている意味がない。ただ食うためにやるのだったら、音楽なんて、もしかしたら、すごくつまらない仕事かもしれない。


とにかく「拓郎に興味があった」というかまやつひろしは、二人でデュエットした曲をリリースする。
よしだたくろうとかまやつひろしの名義でCBSソニーが吉田拓郎のために作ったレーベルから、シングル盤の「シンシア」が1974年の夏に発売された。

シンシア

この曲は沖縄からやってきて活躍していた人気アイドル、シンシアの愛称で呼ばれる南沙織に吉田拓郎が捧げた歌だ。
現役ミュージシャンが同時期に活躍するアイドルに対して、楽曲を依頼されたわけでもないのに捧げたという曲は珍しくて話題を呼んだ。

レコーディングには「広島フォーク村」の後輩に当たるバンド、ツアーで拓郎のバックを務めていた「愛奴」が参加した。
ドラムをたたいていたのは、バンドのメンバーだった浜田省吾である。

かまやつひろしはその後もソロのための曲を書いてくれと、ことあるごとに拓郎に迫っていたという。
それはほとんど女性を口説いているような調子で、「うん、うん、」という生返事が続いていた。

だがある日、「ムッシュにぴったりの曲ができたよ」と電話がかかってきた。
どんな曲だろうと期待して会いに行くと、拓郎は「俺の先輩のことだったんだけどさ」と言いながら、曲を弾き語りで聞かせてくれた。

下駄をならして奴がくる
腰に手ぬぐいぶらさげて
学生服にしみこんだ
男の臭いがやってくる
アー夢よ 良き友よ
おまえ今頃どの空の下で
俺とおんなじあの星みつめて何想う


かまやつひろしは少し複雑な気持ちになったという。
旧制高校のバンカラ学生だった親父たちの世代が、「昔は良かった」と懐かしむような懐古調の歌詞にとまどってしまったのだ。

「この曲を、俺が?」みたいな違和感があって、レコーディングで歌う時も身が入らず、感情を込めずにさらっと歌って終わらせた。
ところが1975年2月に東芝EMIから発売になると、「我が良き友よ」は大ヒットして一世を風靡したのだ。

我が良き友よ
「我が良き友よ」がヒットしていたとき、テレビ局で偶然に出会った美空ひばりに、かまやつひろしはこう言われたという。

「あの歌は、あなたがちっとも感情移入してないからいいのよね。私がもしあの歌を歌っていたら、きっと感情が入りすぎてしまって失敗していたでしょうね」


かまやつひろしは「ひばりさんはすごいな」と感心しながら、吉田拓郎の先見性にもあらためて感心させられた。

あえて誰も思いつかないような時代にミスマッチ的な曲を書いたのだとすれば、そこにはヒット曲に対する拓郎の独特な感性が働いたのではないか。
自分の良さや面白さは、自分ではよくわからないものなのだ。
だからこそ、ヒットを狙おうとする時は他人に手伝ってもらうべきではないか。

そこでプロデューサーという存在が必要になるのだと、かまやつひろしはこの時にはじめて悟ったのだ。
その頃はまだプロデューサーという職種が音楽業界では理解されていなかった。

歌謡曲の世界では編曲家が重宝されていたが、フォークやロックではアレンジャーの認識はまだ低いものだった。
「我が良き友よ」の編曲を担当していたのは、「赤い鳥」というフォーク・グループのギタリスト、瀬尾一三である。

瀬尾はここから編曲家として名を上げていき、吉田拓郎や中島みゆきの作品で重要な役割を果たして、プロデューサーとして認められていく。

「我が良き友よ」が大ヒットしてから約41年後の1月22日、吉田拓郎はブログにアレンジに関する文章を公開した。

例えば「落陽」のイントロの有名なギターも
元は僕のヘッドアレンジだ
だが当時すでに単なるギタリストではなく
メロディーメーカーとしての高い資質を持った
ミュージシャンもそれなりに存在した
高中正義はそういう中でも秀逸のギタリストだった
「おきざりにした悲しみは」のイントロのギターソロは
彼がレコーディングの現場で「アドリブ」で弾いたのだ
コード進行を目で見てそれを現場で音にする
その時に直感的に閃いたメロディーなのだ
素晴らしいフレーズに感動を覚えた
「我が良き友よ」のイントロギターソロも高中正義だ。
(Message from Takuro Yoshida「アドリブ」2016/01/22)


伝説のコンサートとなった1975年の「つま恋」から31年後に開催された、2006年の「吉田拓郎&かぐや姫の野外コンサート」ではスペシャルゲストにかまやつひろしが登場、吉田拓郎とデュエットで「我が良き友よ」を披露した。
そこで音楽監督をつとめてバンドを指揮していたのが、プロデューサーの瀬尾一三だった。

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