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「思い出のグリーングラス」~処刑の日をむかえる朝に死刑囚が見た美しい夢の歌

2018.07.07

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カントリーの聖地と呼ばれるテネシー州のナッシュヴィルを中心に活動をしていたカーリー・プットマンが1965年に発表した「思い出のグリーングラス(Green, Green Grass Of Home)」は、カントリー・チャートではポーター・ワゴナーの歌ったヴァージョンがヒットした。
ところがその翌年、イギリスでトム・ジョーンズがこれをカヴァーすると全英シングル・チャートで7週間1位に輝いただけでなく、世界的な大ヒットになったのである。

トム・ジョーンズは前の年に映画『007 サンダーボール作戦』や『何かいいことないか子猫チャン』の主題歌でヒットを出した新進歌手で、ダイナミックな歌唱力と声量の豊かさでトップシンガーになったばかりだった。

ところでエルヴィス・プレスリーが登場したことで歌手を目ざしたというトム・ジョーンズが参考にしたのは、エルヴィスと同時代にロックンロールの先駆者だったジェリー・リー・ルイスが歌った「思い出のグリーングラス」だった。
そのレコードを聴いてすぐに自分のレパートリーに取り入れて、トム・ジョーンズはさらにシングルでも発売したのだ。
「思い出のグリーングラス」はその後、逆輸入のかたちでアメリカでもヒットして全米チャートでも11位にまで上昇した。

それによってトム・ジョーンズはアメリカのラスベガスにも進出し、子供の頃からの憧れだったエルヴィスにも認められていく。


この歌が日本でも長く愛唱されてきたのは、都会暮らしに疲れた人が緑あふれる田舎暮らしを思う気持ちが、美しいメロディーとともに共感を呼ぶからだろう。
森山良子の歌った山上路夫による日本語詞は、誰にでもあるような望郷の気持ちがメルヘン調に綴られている。

そして最初から最後までほのぼのとした気持ちで、どことなく現実味を欠いたままエンディングを迎える。

しかしオリジナルの英語詞は後半に入ると、日本語詞とは全く異なる展開になっていく。
美しい「夢が覚めた」後で、現実に引き戻された瞬間にこそ、歌でしか訴えられない深いテーマが埋め込まれていたのだ。
夢から目が覚めた主人公を待っていたのは、自分が処刑の日を迎えた死刑囚であるという、どうにも逃れがたい現実だったからである。

トム・ジョーンズはその部分を歌うのではなく、語ることによってさらに生々しいリアリティを与えている。

それから私は目を覚まし 私のまわりを見る
私の四方をかこむのは 冷たい灰色の壁
それから私は夢を見ていたことに気づく
そこには刑務官と 悲しい老いた牧師がいる
明け方には腕をとられて 私たちは歩いて行くことになる
もう一度 私は故郷のみどりの芝生に触れるだろう


歌の最後は主人公が故郷の緑の芝生に、自分の遺体が埋葬されるシーンを思い浮かべるところで終わっている。
当時つくられたプロモーション・ビデオはそうしたイメージを補強するためか、監獄を思わせる鉄格子を使ったシチュエーションで撮影されていた。

なお繰り返し行われた刑務所の慰安ライブでこの歌を唄ってきたジョニー・キャッシュの音源を聴くと、淡々とした歌声に真剣に耳を傾けている囚人たちの気配と、張り詰めた空気が記録されていることに驚かされる。




(注)本コラムは 2013年11月22日に公開されたものを、改訂・改題したものです。

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