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途方にくれていた桑原あいをモントルー・ジャズフェスで励ましたクインシー・ジョーンズの言葉

2017.02.03

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2015年7月、桑原あいはスイスのモントルー・ジャズ・フェスティバルで開かれたソロ ピアノコンペティションに日本代表として出演し、生きている伝説とも呼ばれる「偉大なるQ」に出逢ったことで、世界へと続く道を歩むことになった。

桑原のマネージメントを引き受けている永島の耳に、”Quincyがモントルーに到着した”という会話が聞こえたのは、2日間にわたって行われたコンペの初日が終わった頃だった。

プロモーターとして永島はクインシー・ ジョーンズと、もう30年にもおよぶ長い交友があった。マネージャーの携帯に電話を入れると、さっそくクインシーの部屋に呼ばれて夕食をともにした。
その席で桑原のことを話して、「できたら明日、見に来てほしい」と頼んだ。

翌日、桑原の演奏の30分ほど前に会場に現れたクインシーは、演奏前の控え室で緊張する桑原を激励してくれた。
そして演奏後も「Wonderful」と褒めたのだった。

永島は聴衆の反応から良い手応えを感じていた。

ところが審査の発表が行われてみると、3位までの表彰者に桑原あいの名はなかった。
その日のブログに永島はこう記している。

10人の出場者中、オーディエンスの拍手や歓声は、1日目は断トツで多かったし、
2日目もたくさん拍手をもらった3人の中の1人だったけど・・・。
まあ、審査員の好みとオーディエンスや私の好みとが大幅に違ったんでしょう。
でも、代わりにこんなご褒美を頂きました。


予想外の結果に落胆していた桑原を呼びよせて、クインシーは「君の演奏はとても立派だったよ」と褒めてくれた。
桑原が戸惑いながら、「何が足りなかったと思いますか?」と訊ねてみると、思いもよらない答えが返ってきた。

「リズムやグルーヴ、ドラマチックさ、細やかな指使い、弱音から強音までの表情、どこをとっても足りないところは一つもない。
まあ、そうはいっても23歳の女の子では、まだ表現できないことは当然ある。足りないとしたら、齢を重ねることかな」 それを聞いて桑原は、涙がとまらなかったという。
さらにクインシーは言葉を続けて、ていねいに助言を与えてくれた。

「賞に選ばれなかったのはきっとそのこと(選ばれなかったという事実)が、今の君に必要だからだろう。
賞を取れなかった悔しさ、なぜ取れなかったかと考えること、それがこれからの演奏に大きなプラスとなる。
過去の大物プレーヤーにも同じ経験をした人がたくさんいる。
その人たちも、賞を逃したことをきっかけに大きく飛躍した。
何も心配せず、このまま前を向いて突き進みなさい。


桑原はピアニストであると同時に、作曲家であり、編曲家でもある。
ジャズだけでなく、ファンクもクラシックも取り入れて、新しい自分の音楽を創造する表現者を目指してきた。
しかし2013年の後半から思うように曲が書けなくなり、そのまま1年以上の時が経過しても突破口が見えていなかった。

創作については正直、途方にくれていた時期だったのである。
クインシーが帰っていく後ろ姿を見送りながら、桑原は「今なにか書かなければいけない」と強く思ったという。

こうして生まれたのが「The Back」、クインシーの後ろ姿と背中を思って書いた曲だった。

日本に帰る飛行機の中で この曲を書きました。
ただただ、永遠に続く”うた”を書きたかったのです。


この曲が誕生したことで、長かったスランプを脱した桑原はふたたび飛躍することになる。



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