やつらの足音のバラード (1)

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かまやつひろしという飄々とした才人から生まれた「やつらの足音のバラード」

2017.03.17

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赤坂の老舗・蕎麦屋での出会いから始まった『ギャートルズ』の主題歌作りでは、ユニークなオープニング・テーマ「人間ギャートルズ」の他にもう一曲、きわめて個性的でかまやつひろしらしい楽曲が生まれた。

それがアニメのコメディタッチとは対照的に、生命の誕生とその死をテーマにした「やつらの足音のバラード」である。

「やつらの足音のバラード」
作詞:園山俊二
作曲:かまやつひろし

なんにもない なんにもない
まったく なんにもない
生まれた 生まれた 何が生まれた
星がひとつ 暗い宇宙に 生まれた

星には夜があり そして朝が訪れた
なんにもない 大地に ただ風が吹いてた


宇宙の起源をも感じさせる壮大なスケール感を漂わせつつも、シンプルに徹した寓話的な歌詞は原作者の園山俊二が手がけている。

なんにもない暗い宇宙に星が生まれ
なんにもない星にも生命が生まれて
夜と朝が訪れて草原の向こうから
やつらがやってくる

哲学的でいても難しくはならないのが、園山俊二の漫画作品の特長である。
漫画家の東海林さだおは園山のシンプルな作風について、「白い画用紙のまん中に、スーッと一本、鉛筆で横に線を引くと、すでにそれは大平原と空を分かつ地平線なのであった」と評した。

そんな園山俊二の歌詞にふさわしい曲をつけた飄々とした才人ならではの「やつらの足音のバラード」は、アニメが終了した後も長く愛されて、本人が1994年にセルフ・カヴァーして再評価された。



「やつらの足音のバラード」はその後も小泉今日子やスガシカオ、中村あゆみ、平井堅などにカヴァーされて広く親しまれて、今ではスタンダード・ソングになって歌い継がれている。

特にスガシカオが歌った「やつらの足音のバラード」はテレビ・コマーシャルの音楽に使われて、この歌の再発見に貢献した。
そして2004年5月放送されたフジテレビの音楽番組『僕らの音楽』では、スガシカオとかまやつひろしの共演が実現している。

それが2月28日にかまやつひろしが亡くなった後、ツイッターで映像が公開されて「シカオさんがカバーするまでこの歌詞の深さを知ることはなかった」といったコメントとともに拡散、またしても「やつらの足音のバラード」に注目が集まった。

かまやつひろしはこの曲について、「やはり園山俊二がすごい人だったし、考えてみると原作者とタメで話し合いながら作り上げていくやり方が正解だったと思う」と語っていた。




ところでオリジナル・ヴァージョンを歌ったのは若子内悦郎という歌手だが、このときは「ちのはじめ」という名前で録音していた。

1967年に尾藤イサオのバックバンドとして結成されたグループ・サウンズ、THE BARON(ザ・バロン)は「リズム&ブルースで新境地を開拓」というキャッチフレーズで売り出された。
若子内はベース&ヴォーカルとして活動していたが、もうGSブームはすっかり下火になっていたので時流に乗れずにデビューが遅れた。
1969年になってガールシンガーの鍵山珠里と組んだ「ジュリーとバロン」名義で、シングル「ブルー・ロンサム・ドリーム」でやっとレコード・デビューした。
その曲の作詞が阿木燿子、作曲はバンドのサブマネージャーを務めていた宇崎竜童である。

これは後にヒットメーカーとなる二人による最初のコンビ作品だがレコードは不発だった。
その後も1970年11月5日には初めてザ・バロン名義の「恋の億万長者/コンドルは飛んで行く」を出したが、これもまったく注目されずに終わった。

その一方でザ・バロンは1969年にNHKが『ステージ101』の放送にさきがけて行ったオーディションに合格、番組のために結成された「ヤング101」に合流してまもなく自然消滅した形になった。

なお若子内はその後、アニソンでは「サンダーマスク」や「帰ってきたウルトラマン」のテーマソングを歌っている。
またザ・バロンのギタリストだった河内広明は、後にチェッカーズのヒット曲で知られる作曲家・プロデューサーの芹澤廣明である。





<参照コラム・かまやつひろしと漫画家が蕎麦屋で隣り合わせたことから生まれた「はじめ人間ギャートルズ」>

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