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レコードを聴いて学ぶことができたロックンロールの魂が受け継がれている「ハングリー・ハート」

2017.11.24

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ブルース・スプリングスティーンの「ハングリー・ハート」は1980年10月21日、2枚組の大作となったアルバム『The River(リバー)』からシングル・カットされた。

イントロが始まった瞬間から聴こえてくるオールディーズのような懐かしさと、思わず身体が動き出すフィル・スペクター的なサウンドは、80年代のロックンロール誕生を予感させるものだった。

覚えやすいフレーズのコーラス・パートもあったので、ブルースにとっては初めてのシングル・ヒットになった。
しかし「ハングリー・ハート」は、反抗する若者の歌ではなかった。

歌の主人公はボルチモアに妻と子を残して家を出てきてしまった男や、バーで出会った女性と恋に落ちても、それがすぐに終わるのを知っている男だ。

 誰だって飢えた心を持っている
 誰だって満たされない心を抱えてる


彼らはもう大人であるにも関わらず、「誰もが満たされない心を抱えてる」と繰り返し、「誰もが休む場所が必要だ」「誰も一人でなんかいたくない」と歌わずにはいられない。

ロックンロールにおける基本中の基本ともいうべき要素が詰まっていた「ハングリー・ハート」は、屈託を抱えた男の歌にも関わらず、コーラスパートを一緒に歌いたくなる歌でもあった。

やがてコンサートではバンドの演奏によるイントロに続いて、歌いだしのヴァースとコーラスをブルースが歌わず、観客がみんなで思い思いに歌うことが定番になっていく。


ブルース・スプリングスティーンは誰かに音楽を習ったわけではなく、ラジオやテレビから届けられる新しい歌を通じて、そして何よりもレコードを聴くことでロックンロールを自分のものにしていった。

最初に買ったレコードは、エルヴィス・プレスリーの「監獄ロック」だったという。

偉大なレコードや、偉大な歌はみんなこう言ってるんだと思う。「さぁ、これを受け取って世の中に自分の場所を見つけるんだ。これで何かをやれ、何だっていい。どんなに大きくても、小さくてもかまわない、自分が立つべき場所を見つけるんだ」って。レコードにそういうことができるなんて、とてもすばらしいことだよ。




ブルースはエルヴィスのおかげで、「おれはどこへ向かっているんだろう?」と思うようになった。
そしてエディ・コクランやボブ・ディランによって、より深く考えるようにもなっていったとも語っている。

ロイ・オービソンが1987年にロックの殿堂入りしたとき、ブルースは「ボブ・ディランのような歌詞と、フィル・スペクターのようなサウンドでレコードを作り、ロイ・オービソンのように歌いたかった」という趣旨の発言をした。

たしかに「ハングリー・ハート」におけるブルース歌い方には、ロイ・オービソンのエッセンスが感じられる。
そしてサウンドからはフィル・スペクターだけでなく、どの歌も好きだったというビーチ・ボーイズの雰囲気も漂ってくる。

俺の好みはよくかわるんだよ。エルヴィスのファンであるときもあるし、バディ・ホリーのファンであるときもある。俺が好きになる人はしょっちゅうかわる。
言ってみれば、俺はロックンロールという概念のファンなのかもしれない。ロックンロールのフィーリングのファンだね。
どこにも出口が見つからないように思えた我が家に、ロックンロールは届いた。そのころは道のどんづまりにいるような気分で、好きなこともなく、やりたいこともなく、ただごろごろして、寝るかなにかするような毎日だった。そんなとき、ロックンロールが我が家へ届いたんだ――いつの間にかそうっと入ってきて、なんでもできるような気分がする世界を広げて見せてくれた。


その世界に入っていくための扉をさらに開け放ってくれたのが、1964年にイギリスからやって来たビートルズだったという。
続いてやって来たローリング・ストーンズに夢中になったのは、初期の3,4作のアルバムを聴いていた60年代なかばの頃だった。

ロックンロールにはいろんなものが含まれているが、とにかく教師であるロックンロールに忠実であるべきだと思うね。ああいう概念、ああいうフィーリングに。ロックンロールこそ音楽の本物の魂だ。


自分から行動するための契機を与えてくれたという意味で、ロックンロールはブルースにとって、いつ何時でも尊敬すべき教師そのものだった。


〈参考文献および引用元〉

デイヴ・マーシュ (著),‎ 小林 宏明 (翻訳)「明日なき暴走―ブルース・スプリングスティーン・ストーリー」
ジョン ダフィ (著), 沼崎 敦子 (翻訳)「ブルース・スプリングスティーン―イン・ヒズ・オウン・ワーズ」

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