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岩谷時子にとって懐かしのレコード~宝塚時代の越路吹雪が可愛らしい声で歌った「ブギウギ巴里」

2018.02.09

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越路吹雪と岩谷時子は40年近くもの間、お互いに深い友情で結ばれていた。
昔から女同士の友情は成立しないとか、長くは続かないとよく言われていたものだが、二人は宝塚歌劇団の屋根の下で出会って以来、喜びも悲しみも共にして生きてきた。

1959年には越路の結婚という大きな転機があったが、それを機にお互いが相手を思いやるようになり、ますます友情を深めていったという。
岩谷がエッセイ集「愛と悲しみのルフラン」のなかで、結婚と二人の信頼関係についてこう記している。

私たちの場合、かえってそれが友情を深める絆になり、大人の女同士の友情は歳と共に成長し深くなっていったとさえ思われる。
私は、心の中では、いつも保護者のつもりでいたが、人生経験は越路さんのほうが豊かで、教えられることが多かった。
長い年月の間、お互いに裏切ることも裏切られることもなかったのは、ひたすら信じあっていたからではなかっただろうか。
この信頼感は、やはり長い歳月の土壌の上に培われ積み上げられてきたものだったと思う。




日本にレビューが生まれてから24年の年月が過ぎた1949(昭和24)年、宝塚歌劇団はシェイクスピアの『ハムレット』を上演して話題になった。
この時に花組でハムレットを演じたのが越路で、オフィーリア役を務めたのが新珠三千代だった。

ちょうど同じ頃に、越路の『ブギウギ巴里』というショーも生まれていた。
岩谷の著書の第5章「わが青春の越路吹雪さん」には、その主題歌にまつわる微笑ましいエピソードが書いてある。
「とっときのレコード」と名付けられたエッセイから、そのさわりの部分を引用する。

宝塚時代に越路さんが吹き込んだ昔なつかしいレコードが私の手元に残っている。
タイトルも「なつかしの宝塚アルバム」というレコードで、吹き込まれている歌はモン・パリ、すみれの花咲くころ、花詩集など、宝塚ファンにとってはまさになつかしの歌のアルバムである。小学校へも上がらぬうちから母親に手をひかれて宝塚通いをした私などは、それぞれの歌に自分の生い立ちを見る思いさえする。
葦原邦子さんや越路さんが、その昔のレビュー出演当時、SPで吹き込んだものが収録されていて、当時の録音技術のせいか、二人とも途方もなく高い声になっている。ラベルを見なければ誰が歌っているのか、ちょっと見当がつかないくらいだが、越路さんの「ブギ・ウギ・パリ」も「筏流し」も耳をすませば、まさしく彼女の声で、そのころ透き通るような美声の持ち主ではあったが、やはり「どうなっているの?」といいたいほど、可愛らしい声である。


「ブギ・ウギ・パリ」1948年10月に日本劇場で上演した花組『ミモザの花』のフィナーレで、越路吹雪の歌ったことで評判になってレコード発売が決まり、それを主題歌にして作られたショーが『ブギウギ巴里』だったのだ。

越路吹雪が結婚してまもないころに、岩谷はなんとなくそのレコードを抱えて新婚家庭に遊びに行った。
おそらくは若かったころの可愛らしい歌声を、夫になった作曲家の内藤法美にも聴いてほしい気持ちもあったのだろう。


ところが岩谷がそのレコードをプレーヤーにかけると、懐かしくなってくれると思っていた越路がすごい勢いで怒り出した。
そして曲の途中でプレーヤーを止めてしまったのである。
夫の内藤は「面白いからやろうよ、いいじゃないか」といったのだが、越路は頑としてその抱えたレコードを離さず、もう聴くことはできなかったという。

私はまた、すごすごと、我が家に持って帰る羽目になった。
歌手である彼女には、録音技術の進んでいない何年も前のレコードの声が許せなかったのだろう。
いつの日か「なつかしの越路吹雪アルバム」でも出すことがあったら、そのなかに「ブギ・ウギ・パリ」や「筏流し」を入れて、今の声で新しく吹き込んでもらい、新婚の彼女を悩ませた罪ほろぼしをしたいと思っていたが‥‥‥。


そんな岩谷の思いは、1980年に越路が急死したことよって叶わなかった。
それらの音源をふくむ越路吹雪のアルバム『若き日の歌声 ~愛の讃歌~』が、それから60年目を迎える2018年1月31日にリリースされた。



このアルバムは20代から30代という若き日の越路吹雪が歌った楽曲をコンパイルした作品で、代表曲の「愛の讃歌」をはじめとするシャンソンの名曲とともに、宝塚歌劇団に在籍していた時期に録音された「ブギウギ巴里」や「筏流し」など全24曲が収められている。

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