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「翳りゆく部屋」~ユーミンが好きだったというプロコル・ハルムのアルバム『ソルティドッグ』との深いつながり

2018.09.28

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「翳りゆく部屋」はユーミンが結婚して松任谷由実になる前、荒井由実の名義で1976年3月5日に発売された最後のシングルだ。
ただし本人の弁によればもっとずっと前に、プロコル・ハルムのアルバムを聴き込んでいって書いた曲だったという。
アルバム『ひこうき雲』を発表した頃には、すでに「マホガニーの部屋」という原型ができていたらしい。

ユーミンは高校生の頃に大好きだったというプロコル・ハルムのアルバム『ソルティドッグ』との関係について、ラジオ番組に出演して以下のように語ったことがある。
(なお発言のなかに出てくる「ピルグリムス・プログレス」という楽曲は、「巡礼者の旅」という邦題が付いてアルバムの最後を飾っている。)

この曲のタイトルもそうだけど、「ピルグリムス・プログレス(PILGRIMS PROGRESS)」って、いわゆる“ピルグリム・ファーザーズ(Pilgrim Fathers)”っていうのが…。あの、ピューリタンで、要するにイギリスからアメリカに移民した人の話が、トータル・アルバムになってて、詞もすごく深いんですよ。”航海日誌”みたいになっているんだけど、私がこれを聞いていた頃に作った曲ですね、「翳りゆく部屋」っていうのは…。


『ソルティドッグ』というアルバムは教会音楽を思わせるオルガンとクラシカルなメロディ、それに力強いドラムによるロック的なサウンド、静と動の組み合わせの「ソルティドッグ」から始まるが、それは「青い影」以上にドラマティックな楽曲であった。

プロコル・ハルムには結成当時からキース・リードという詩人が在籍し、歌や演奏ではなく作詞専門のメンバーとして活躍していた。
彼が書いていた哲学的な歌詞の通奏低音となっているのは、かつて七つの海を渡って生きてきた海の男たちの間で、親から子へ、子から孫へと受け継がれてきた、バイキングの物語や歌であり、そして彼らの子孫であるということの誇りだった。

アルバム最後の「巡礼者の旅」は、こんな歌詞で終わっている。

 シンプルな物語を書こうと腰をおろして
 たぶんそれで、歌が生まれるのだろう
 言葉はすべて私なんかよりも遥か以前に、
 誰かによって書かれたものなのだ
 わたしたちはかわりばんこに、それを伝えていこう
 みんなで交代しながら伝えていけばいいのだ



アルバム『ソルティドッグ』にインスパイアされて生まれた「マホガニーの部屋」は、「出しても売れない」というスタッフの判断で、レコーディングが見送られてきた。
しかし1975年の夏に「ルージュの伝言」が初めてヒットした後で、10月に発売した「あの日にかえりたい」が大ヒット、オリコンチャートの1位に輝いた。
そのときにユーミンはこう思ったらしい。

まあ「あの日にかえりたい」を出した後、一応ひと段落ついたから(笑)、本音を出してやろうと思って。
あの…昔、もう、その頃に書いた曲をね、ひっぱり出してシングルにしたんです。


1976年3月5日に東芝EMIからリリースされた「翳りゆく部屋」は、オリコンチャートで10位にまで上昇して、かつての「出しても売れない」という判断をくつがえすヒットになった。
ユーミンの歌詞は愛し合ったふたりの別れを描いたものだが、「運命」と「死」という単語があることと、クラシック・ロック的なサウンドのアプローチによって、どこか歴史の深みのようなものを感じさせる。

 窓辺においた椅子にもたれ あなたは夕日みてた
 投げやりな別れの気配を 横顔にただよわせ
 二人の言葉はあてもなく 過ぎた日々をさまよう
 振り向けばドアのすき間から 宵闇が忍びこむ
 どんな運命が愛を遠ざけたの
 輝きはもどらない 私がいま死んでも



その後も1989年12月21日にCDシングルとして再発されたほか、1999年にトリビュートアルバム「Dear Yuming」のなかで、デビューしたばかりの椎名林檎がカヴァーして評判になり、そこから「翳りゆく部屋」は若い音楽ファンの間で一気に有名になった。


さらには2008年1月には再ブレイクを果たしたエレファントカシマシがカヴァーしたことによって、ロックファンの間でもあらためて楽曲の良さが認識された。


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