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追悼・千家和也~14歳にして「青い果実」を唄った山口百恵を新しい表現へと導いた作詞家

2019.06.27

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1973年9月1日に発売された山口百恵のセカンド・シングル「青い果実」が、一気にベストテンを狙えるほどのヒットになったのは、サビから始まる楽曲の歌詞とリズム、メロディとヴォーカルのマッチングがよく、アイドルものにしてはロックのビート感が感じられたからだろう。

それとともに大きかったのが、控えめで清楚だった本人のイメージとは対照的に、大胆な言葉づかいによる歌詞のインパクトだ。
これを書いた作詞家が千家和也、作曲は都倉俊一、編曲が馬飼野康二といずれも若手の有望株だった。

 あなたが望むなら
 私何をされてもいいわ
 いけない娘だと 噂されてもいい
 恋した時に 躯の隅で
 別の私が 眼を覚ますの
 大きな胸に 抱きとめられて
 きれいな泪 こぼすのよ
 側に居れば 側に居れば
 誰も恐くない
 あなたが望むなら
 私何をされてもいいわ
 いけない娘だと 噂されてもいい


この歌詞についてはヒットしたことの反動もあって、教育上よくないのではないかといった批判が当然のように出てきた。
いかにも思わせぶりな歌詞を「中学生に歌わせるのはいかがなものか」と、当たり前といえば当たり前の声だった。

しかしプロデューサーの酒井政利はそうした声にまったく動揺することなく、可能な場合には自分で反論をしながら、敢然と“青い性典”路線を歩ませていくことになる。
それはこの段階で早くも山口百恵という表現者が秘めていた本質と、女優としての類まれなる可能性を見抜いていたからだろう。(注1)

「百恵というのは石鹸みたいな清潔感でしたから、変な方向に行くという心配はなかった。性典モノであっても、誰もが通過する成長の記録になればと思った」




酒井は「性」というテーマを過激な言葉で打ち出したことについて、和風の整った顔立ちで少し“影”がある少女が、どうやって歌を演じて、どのようにして自分だけの表現に高めていくのか、「彼女の潜在的な能力に期待をかけていた」とも述べていた。

そうした要望に応じて、千家は見事に期待に応えたのであった。

ではこの歌の歌詞を目にしたそのとき、山口百恵は仕事の現場で何をどのように思ったのか。
本人が書いた自伝「蒼い時」から、その心境について書いた文章を引用したい。

 十四歳の夏も近い頃、事務所で「今度の曲だよ」と手渡された白い紙。期待と不安の入り混じった複雑な気持ちで、書かれた文字を追っていくうちに、私の心は衝撃に打ちひしがれてしまった。当時は歌謡界全体がいわゆる「かわいこちゃんブーム」と称されていた頃で、流行っている歌といえば「天使」や「夢」や「花」がテーマになっているものばかりで、活躍している同世代の女性歌手たちは一様にミニスカートの服を着て、細く形のよい足で軽やかなステップを踏みながら満面に笑みを浮かべて歌っていた。そんな中で、このような詩を私が歌ったら…。そんな罪悪感にも似たものが私の意識の中で頭をもたげていた。
 「こんな詩、歌うんですか」
 言ったか言わなかったかは、さだかではないが、口に出さないまでも、気持ちは完全に拒否していた。
 皆と違うように見られたら――-幼い恐怖心と防御本能が私をためらわせた。
(山口百恵・著 残間里江子・編「蒼い時」集英社)


ところが実際に「青い果実」を声に出して歌ってみると、拒絶する気持ちがスッとなくなってしまったという。
そうやって新たな自分にが会うことになっていった時の様子が、自伝では以下のように描かれている。

 ヘッドフォンから流れてくるその歌のカラオケ、それに合わせて仕方なく歌った――-つもりだったが、何故だかメロディに乗せて歌ったとたん、さっきまでのためらいはすっかり消えていた。こんな歌――-と思い悩んだ時から数時間しか経過していないというのに、私はその歌がとても好きになっていた。以来、私の歌は「青い性」路線といわれ、それまでのその年代の人たちとは変わったタイプの歌を歌っていくようになっていった。
(山口百恵・著 残間里江子・編「蒼い時」集英社)


いざ歌ってみたらためらいが消えて、その歌がとても好きになったというのは、千家和也が書いた歌詞に込められていた思いが、自分のなかに無意識ながら潜んでいた思いと共鳴したからだろう。

それを無表情のままクールに、しかし何にも媚びることなく唄いきったことによって、山口百恵はまわりから与えられた高いハードルを自然体で超えた。

中学生が「性」をテーマにした内容の歌を唄うことは、その当時の音楽業界においては完全にタブーだった。
だが、大人社会がつくったタブーに挑んだ結果として、意外なことに同世代の女の子から共感を得たことで、山口百恵はファン層を女性にまで広げていく。

そしてドラマの主役を演じるかのように歌を奏でるという、それまでにない歌と歌手の関係性を創り上げていった。

過激な言葉や強いテーマを与えられたことによって、山口百恵は自分の感性と想像力を頼りに、それまで誰も経験したことのない未知の領域へ、表現者としての第一歩を踏み出していくことになる。

デビューから3年間、12枚のシングルレコードはすべて千家和也の作品となった。


(注1)本コラムは2019年2月1日に公開されたものを改訂、改題しました。
酒井政利氏の発言は、アサ芸プラス2013年1月11日 10:00 “淳子超え”で、路線変更した百恵の「青い果実」からの引用です。https://www.asagei.com/excerpt/11378

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