「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

TAP the POP

TAP the SONG

「愛さずにはいられない」~レコード会社の反対を押し切って自分の音楽の純粋性を貫いたレイ・チャールズ

2019.03.15

Pocket
LINEで送る

ソウル・ミュージックの先駆者として活躍してきたレイ・チャールズは、主に黒人音楽のレコードを扱っていたアトランティックとの契約が切れた1960年、きわめて好条件を提示していた大手のABC Paramount レーベルに移籍することにした。

そこでA&Rマンとしてレイを担当したのが、音楽家の出身だったシド・フェラーである。
シドは1960年に「我が心のジョージア(Georgia On My Mind)」、1961年に「旅立てジャック(Hit The Road Jack)」と「アンチェイン・マイ・ハート(Unchain My Heart)」で、いずれもソウルやR&Bをメインストリーム向けのサウンドにして、商業的には大きな成功を収めた。

そして1962年にはABCから出した「愛さずにはいられない(I Can’t Stop Loving You)」が、全米ポップ/R&Bの両チャートで1位を獲得する大ヒットになった。

しかしこれを制作するときには、R&Bとは対極と思われていたカントリーのアルバムを作るというレイに対して、ABCの首脳陣は強く反対していた。




しかし渋るレコード会社と心配するシドの思いをレイはあえて無視し、自分が本当に突きつめたい音楽に向かって進んでいった。
そうやって自力で大きな成果を挙げたのである。

きわめて良好な関係だった黒人向けのアトランティックから、いくら好条件だったとはいえ、レイが思い切って移籍したのは心の底に思うとことがあったからだ。

レイは子供の頃からよく聴いていて、しかも今もなお心のなかで鳴り響いている永遠の歌を集めて、それをカヴァーしてたくさんの人に聴いてもらいたかったのだ。

フロリダ州北部の田舎だった故郷にあったビットさんの店でジュークボックスから流れていた曲の数々、学校のラジオから聞こえてきた曲などを思い出してカヴァーしたのが、アルバム『ジーニアス・ヒッツ・ザ・ロード(The Genius Hits The Road)』だった。

ビッグ・バンドをバックして知られている曲を取り上げたアルバムの成功で、レイは白人のマーケットにも好意的に受け入れられていく。
その象徴となったのが、シングルカットされて大ヒットした「我が心のジョージア」である。

その冒険以降、レイはふたたびソウルとR&Bの枠のなかで「旅立てジャック」と「アンチェイン・マイ・ハート」をヒットさせていた。

白人向けにスタートしながらもABCは1961年にはジャズ専門レーベルのインパルスを設立し、アトランティックから移籍したジョン・コルトレーンがモダンジャズの第一人者になっている。



そんな時期にレイは念願だったカントリーのアルバム作りを、いよいよ実現しようと決意したのである。

私はシド・フェラーに電話をかけて、カントリー・ミュージックのスタンダードとなった名曲を集めるよう頼んだ。シドは最初困っていたようだったが、何とか引き受けてくれた。後に《ABC》の役員たちはやんわりと、品よく反対という姿勢を見せた。
彼らはこのアルバムが私のキャリアに傷をつけるかもしれないと語った。また、私のファンがどれだけ今の私を愛しているかを話し、人によっては私に落胆する人も、離れていくファンもいるかもしれないと説明した。私は彼らが言ってることを聞いて、理解もしたが、それでもその意見は無視してレコードを作った。


レイはもう何年も前から、さまざまなジャンルの融合を信じていた。
子供の頃に聴いて好きになった歌や音楽に関して、黒人のものだろうが白人のものだろうが、レイはいっさいの区別をしなかった。
ただ、心に残るいい歌だから、それを純粋に唄いたいといつも思っていたのだ。

しかしレコード会社は、マーケットやファン層について、どうしての過去の経験値から導き出した枠を当てはめてくる。

カントリーで大ヒットを飛ばすつもりはなかったし、商業的な戦略もなかった。私はただヒルビリー・ミュージックを試してみたかっただけだ。カントリーのラジオ番組『グランド・オール・オープリー』は田舎の子供時代からずっと私の頭の中で鳴り響いていた。
私はふたつのことにしか興味がなかった。自分自身に誠実、純粋であることと、そして音楽自体に誠実、純粋であることだ。


レイに頼まれていたシドは名曲を150曲(!)にまで絞り込んで渡してくれたが、そのなかにカントリー歌手のドン・ギブソが1957年に自作自演した「愛さずにはいられない」があった。

♫ I Can’t Stop Loving Youと始まるこのバラードは、そのまま「I Can’t Stop Loving You(愛さずにはいられない)」と名付けられた。



レイはこの歌を聴いてアルバムのタイトルに、『愛さずにはいられない / レイ・チャールズ・カントリー・アンド・ウェスタン・ソングを歌う』を入れることにしたという。
それまでは決して有名な曲ではなかったので、レイのためにこれを選んだシドの功績は大きい。

シングルの「愛さずにはいれられない」は1962年6月2日から5週間、全米No.1を獲得する大ヒットになった。
そしてアルバムもミリオンセラーとなり、ABCにとって初となるゴールド・ディスクが全米レコード協会から贈られた。
シドとレイの信頼関係は、この後もずっと続いていく。



Pocket
LINEで送る

あなたにおすすめ

関連するコラム

    関連記事が見つかりません

[TAP the SONG]の最新コラム

SNSでも配信中

Pagetop ↑

トップページへ