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大ヒットした「東京五輪音頭」をめぐる勝者と敗者の物語 ① 看板スターを投入したレコード各社の思惑

2019.06.01

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クーベルタンの提唱によってオリンピック復興が決定したことを記念するオリンピックデーには、各国の国内オリンピック委員会 (NOC) によって記念イベントが実施されてきた。
初めての東京オリンピックを1964年10月に開催することになっていた日本では、前年6月23日のオリンピックデーに「東京五輪音頭」が発表された。

東京オリンピック関連の音楽には開会式の選手団入場の際に演奏された「オリンピック・マーチ」(作曲:古関裕而)、組織大会が選定した「この日のために」(作曲:福井文彦)、NHKの制作による「海をこえて友よきたれ」(作曲:飯田三郎)などのキャンペーンソングがつくられた。

なかでもレコードが大ヒットして老若男女に親しまれたのは、浪曲出身の三波春夫が唄った「東京五輪音頭」であった。



「東京五輪音頭」の作曲を依頼されたのは、戦前から“古賀メロディー”と呼ばれる名曲を数多く生み出して、日本の歌謡界における重鎮となっていた古賀政男である。
戦前の代表曲には藤山一郎の「丘を越えて」「酒は涙か溜息か」「影を慕いて」「東京ラプソディ」、ディック・ミネの「二人は若い」「人生の並木路」などがあり、戦後も「湯の町エレジー」「トンコ節」「ゲイシャ・ワルツ」とヒット曲を提供し続けていた。

1959年に古賀政男は服部良一らと視察に行ったアメリカの第一回グラミー賞に範を取り、日本の大衆音楽のレベルを高めるという目的で、日本作曲家協会を設立して第1回日本レコード大賞を年末に実施した。

オリンピック・ムードの盛り上げに積極的だったNHKに協力して、古賀政男は日本的な音頭によって応援歌をつくることにした。
ところが当時の古賀はコロムビア・レコードの専属作家だったので、本来ならば完成した「東京五輪音頭」については、コロムビアの専属歌手しか唄うことができない決まりだった。

しかし古賀政男はNHKがプッシュする国民的なイベントのキャンペーンソングであることから、どこのレコード会社の歌手でも歌えるようにしてほしいとの意向を明らかにした。
そしてコロムビアはそれを受け入れて、独占的な録音の権利を特例として解放した。
そのためにすべてのレコード会社で、それぞれの「東京五輪音頭」が制作されることになったのである。



ビクターは音頭ものということで、つくば兄弟・神楽坂浮子のヴァージョンを用意した他、翌年になってから、青春歌謡の若き人気スターだった橋幸夫のヴァージョンを発売した。

本来なら独占できたはずのコロムビアは美空ひばりや島倉千代子といった看板スターは出さず、流し出身の庶民派で若手の注目株だった北島三郎と、「恋は神代の昔から」で大ヒットを飛ばしたばかりの新人、畠山みどりによるデュエットで挑んだ。



テイチクは「チャンチキおけさ」のヒットがあった看板スター、三波春夫が自ら積極的に名乗りをあげていた。
ポリドールは西田佐知子以外にめぼしいスターがいなかったので、参加することに意義があるというオリンピック精神で大木伸夫・司富子のデュエットで臨んだが、これはまったく目立たなかった。

発足して3年目の新しいレコード会社だった東芝は、オリンピック大使にも任命されていた若手の人気アイドルで、「ツンツン節」や「九ちゃん音頭」などで和モノにも実績があったポップス系のスターである坂本九を用意していた。



レコード業界ではそれまで新曲を書き下ろすのは基本的に1人の歌手のためであったが、「東京五輪音頭」はそうした慣習を乗り越えてひとつの曲を異なった歌手で競い合うという、開かれた新しい試みとなった。

ただし、古賀政男は初めからキングレコードの三橋美智也を想定して作曲していたという。
なぜならばこういう機会でなければ、民謡出身で人気も実力も折り紙つきだった他社の看板スターに、自分の楽曲を唄ってもらうことが不可能だったからである。

オリンピックデーに東京文化会館で開催されたキャンペーンソングの発表会でも、三橋美智也による実演で歌を披露したのはそうした事情からだった。

したがって下馬評として三橋美智也はヒットが確実だとみなされていたし、若いファンからの人気が安定していた橋幸夫と三沢あけみコンビが対抗馬で、まったくレコードの購買層が違っている坂本九がダークホースというのが、大多数の関係者の見立てだった。

ところが各社からレコードが発売されてみると好評でヒットしたのは三波春夫のもので、本命視されていた三橋美智也は意外や意外に、あまり振るわなかったのである。

それはどうしてだったのか?

(②に続く)

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