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2019年8月6日に「夏休み」という曲は反戦歌などでは 「断じて!ない!」と明言した吉田拓郎

2019.08.09

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1960年代の半ばから激しく吹き荒れた学生運動によって、日本だけでなく世界の各国で高等教育のあり方が変容していった。
日本では1970年の段階で、高校進学率がすでに80%にまで達していた。

そんな状況のなかで「先生」が、歌謡曲のテーマになる時代がやってきた。
ヒット曲で並べれば森昌子の「せんせい」(1972年)、フィンガー5の「個人授業」(1973年)となる。

しかしその先鞭をつけた形になったのは、その頃から関心が高まってきたフォークソングで注目を集めていた吉田拓郎の「夏休み」だった。
それに続いたのがRCサクセションの「ぼくの好きな先生」(1972年)で、この動きが歌謡曲にも波及していったのだ。

1971年6月にインディーズのエレックから出た2枚目のアルバム『よしだたくろう オン・ステージ ともだち』のなかに、小学校の担任だった若い女性の先生が歌にでてくる小品の「夏休み」が収められていた。



その歌は発表された当時からファンの間で、素朴な三行詞の佳作だと評判になった。

そして1972年7月にCBSソニーから発売したアルバム『元気です。』にも収録されたことで、音楽ファンに広く知られるようになっていく。

「夏休み」
作詞・作曲:吉田拓郎

麦わら帽子は もう消えた
たんぼの蛙は もう消えた
それでも待ってる 夏休み

姉さん先生 もういない
きれいな先生 もういない
それでも待ってる 夏休み

絵日記つけてた 夏休み
花火を買ってた 夏休み
指おり待ってた 夏休み

畑のとんぼは どこいった
あのとき逃がして あげたのに
一人で待ってる 夏休み

すいかを食べてた 夏休み
水撒きしたっけ 夏休み
ひまわり 夕立 せみの声・・・





吉田拓郎は自分が体験した事実をもとにして、思ったことを素直な言葉で歌にするシンガー・ソングライターだ。
この「夏休み」などもその典型といえる作品で、ここにはまったくといっていいほど、商業的な匂いが感じられない。
みずみずしい感覚を持つ若者たちの手で、それまでならば歌になるとは思えなかったようなテーマの作品が、アルバムの中の一曲として発表されるようになっていく。

プロの作詞家や作曲家が歌手を想定して、ヒットを狙って歌を書き下ろすことが普通だった時代に、こうした掌に包まれるような小品が生まれることは稀だった。
また歌が生まれたとしても、それがレコードになって日の目を見ることはほとんどなかった。


ところで、吉田拓郎は2019年のツアーでも取り上げた「夏休み」について、広島の原爆投下に関連させて反戦歌であるという言説が、SNSなどで広まっていることについて歌が誕生した背景を、自らのホームページでこう述べていた。

 「夏休み」という曲は反戦歌などでは
 「断じて!ない!」
  ただひたすらに子供だった時代の
  懐かしい夏の風景を描いた絵日記なのである
  実在した鹿児島時代の「姉さん先生」も
  広島時代によく「トンボ獲り」で遊んだ夏も
  すべてが僕を育ててくれた「夏休み」なのだ
  あの「夏休み」が大人になった心の中で
  今も「やさしく」生きている
  この曲が自分の作った歌である事を
  僕は正直に誇りに思っているのだ
 (吉田拓郎 2019年8月6日掲載「ツアー・ライナーノーツ」より TAKURO YOSHIDA – 153-0051 ー吉田拓郎オフィシャルサイト )

http://153-0051.com/log_takuro/



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