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22歳にしてシティ・ポップスの佳曲「CATALOG」をカヴァーしていた西城秀樹~音楽を受容する卓越した力

2019.08.30

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写真・中村昇


梅垣達志の名前が広く知られるようになったのは、1977年6月にギタリストのChar に提供した「気絶するほど悩ましい」 がシングルでヒットしてからだった。

いまでも作・編曲家として活動している梅垣が、同じ年の9月に発表したソロ・アルバム『CATALOG(カタログ)』は、水谷公生、芳野藤丸、後藤次利といった名うてのスタジオ・ミュージシャンを迎えて制作された。
作詞では松任谷由実が3曲、松本隆が1曲を書いている。

まだそんな概念も言葉もなかったが、今になって考えればこのアルバムは、都会的な歌詞やサウンドによるシティ・ポップスの先駆的な作品であった。

だが、時代の流れよりも少しだけ早すぎたのだろうか、アルバムはほとんど目立たないままに終わってしまった。



しかし、その中に入っていた「CATALOG(カタログ)」を聴いた西城秀樹は、すぐに自分のライブでレパートリーにしている。

彼は子供の頃から関心を寄せていた洋楽のロックをカヴァーし、デビュー当初からステージでの演出やパフォーマンスにおいても、積極的に取り入れてきた。
クイーンやロッド・スチュワートなどの名曲をカヴァーして自分の表現を深めたばかりでなく、日本の新しいミュージシャンやアーティストの動きにも敏感だった。

ロックやジャズ、歌謡曲などの大衆音楽にとって重要なのは、表現する力ばかりではなく、それ以前に自分で音楽を受容する力だ。
音楽を聴く感覚が秀でているからこそ、いい作品を咀嚼して自分のセンスで新しいものを作るという技術が磨かれる。



それにしても、梅垣のアルバムに入っていた楽曲を聴いて、自らの意志と判断でそれを唄ったことには脱帽するしかない。
この時の西城秀樹は22歳、4月生まれだったので最初は歌詞に惹かれて聴くようになったという。

「CATALOG」
作詞・作曲:梅垣達志

 四月の原宿は 空は青く
 そよ風も心地よく柔らか
 大きな窓が光を浴びて
 まるでカリフォルニアのどこかの街と同じです
 と、カタログに書いてありました

 四月の思い出は君のことだけ 
 誰かのコンサートの帰り道  
 良かったですねと声かけたら 
 振り返った君の瞳の睫毛の長さが 
 二人の心を結びました


その後、この曲は2枚組のライブ盤『バレンタインコンサート・スペシャル~西城秀樹愛を歌う』に、スタンダード曲の「マイ・ファニー・バレンタイン」や、フランク・シナトラの「夜のストレンジャー」に続くポジションでレコード化された。

しかしCDの時代になってから発売されたライブBOXに収録されなかったために、ファンの間でなかなかは聴けない幻の一曲ともいわれてきた。

四月という月に僕は生まれた 
大きな赤ん坊だったそうです 
季節は流れいつのまにか
子供にパパと呼ばれるショックにも慣れました 
地球は今も回ってる


最初にカヴァーしてから四半世紀が過ぎて、生前の西城秀樹はもう一度、2011年に「CATALOG」をプライベートでレコーディングしていた。
そこに至った気持ちについて後日、こんなふうな文章にしていたので紹介したい。
(「ヒデキ!カンレキ!! 西城秀樹 感謝の歴史」中日新聞(8)成長する子ども 「パパ」から「お父さん」へ2016年1月27日掲載)

僕が若いころ、十代の女性ファンたちは「大きな赤ん坊だった」という歌詞に親しみを感じたと思います。
四十年余りたち、今は「パパ」の部分が僕に重なります。
西城家の三人の子供は、小さなころから僕を「パパ」と呼んできたので、まるで自分のことを歌にしたみたいですね。
一つ違うのは、パパと呼ばれるショックは、僕にはなかったことでしょうか。


2001年に結婚した西城秀樹は、3人の子供に恵まれていた。
パパから「お父さん」になった心境の変化を綴った以下の文章からは、音楽活動に向ける真摯な気持ちが痛いほどに伝わってくる。

昨年九月から十月にかけて開いたソロコンサートでは、最新アルバム「心響」(こどう)に収録していないこの曲を、あえてプログラムに盛り込みました。
というのも最近、子供たちに嬉しい変化があったからです。
三人が「お父さん」と呼ぶようになったのです。
そういう変化を迎える年ごろなんでしょう。
呼び方が変わることくらい、他の家庭ではささいなことなのかもしれません。
でも、二度目の脳梗塞を発症したことを「神様から成長期の子供たちと一緒に過ごす時間を与えられた」と前向きにとらえ、子供たちの成長を励みに、リハビリに取り組んできた僕にとっては、特別な瞬間でした。
まだまだ小さいと思っていた子供が大きくなるのは、あっという間。日々、成長する姿に「僕もがんばらなくちゃ」と、気持ちを新たにしています。

2016年1月 西城秀樹




こうして残されていた音源が、初めてCDとして日の目を見ることになった。
2019年9月26日に発売される写真集『HIDEKI FOREVER blue』の特典としてだが、56歳になっていた西城秀樹の歌唱には十分にみずみずしい。

今回の公開によって、もっともっと広まっていく可能性を秘めている佳曲である。




西城秀樹『HIDEKI FOREVER blue』(写真集)
集英社インターナショナル



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