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「ミックはロック、俺はロールさ」~レコードの発明から生まれたローリング・ストーンズのソングライター

2016.02.06

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ローリング・ストーンズのキース・リチャーズはバンドの相方であり、ソング・ライティングのパートナーでもあるミック・ジャガーについてこう語っている。

「ミックは生涯の友達だよ。
俺のパートナーさ、結婚を超えた間柄だ。
4歳のとき、公園の砂場で出会ったんだ。
小さなバケツを持ってたっけ…、今も変わらない(笑)。
ふたりの関係はとても複雑で、俺自身もどんなものか理解できてない。
でも、ミックと俺がギターを持って部屋に入れば、そこにはストーンズがあるし、音楽があるんだ」


二人が知り合ったのはまだ幼いころで、9歳の時から4年間は同じ小学校にかよっていた。
それはたまたま家が近かったからで、その頃は友達というわけではなかったらしい。

1961年のある秋の日、ダートフォード駅のプラットホームで偶然に再会した18歳の二人を結びつけたのは、ミックが脇に抱えていたLPレコードだった。

アメリカのシカゴにあるチェス・レコードが出していたチャック・ベリー、マディ・ウォーターズなどのアルバムが、キースには正真正銘の宝ものに見えたのだという。

幼いころから母親が聴くラジオから流れるジャズやポップス、クラシックに親しんだキースは、次第にカントリーやフォークに惹かれてギター少年になっていた。

そしてエルヴィス・プレスリーの「監獄ロック」に出会ってロックンロールの洗礼を受けると、自分でレコードを買い集めるようになり、その後の人生が決まったのだった。

エルヴィス ジェイルハウス

独学で音楽の道を進むことができたのは、間違いなくレコードが発明されたおかげだった。

「今知ってることは全部、レコードから学んだんだ。
五線譜と小節に囚われ監獄のなかじゃない、聴いてすぐにプレイしなおせる。
レコードで音楽を聴けるおかげで、音楽の読み書きを習う余裕がなかった俺みたいな大勢のミュージシャンが解放されたんだ。
レコードによって人々は解放され、人の作った音楽が聴けるようになった」


ミックと意気投合して一緒に音楽活動を開始した二人は、ブライアン・ジョーンズやイアン・スチュアートと出会ってローリング・ストーンズのメンバーとなり、いっそうR&Bとブルースにはまり込んでいく。

「耳で聴いて、そこからじかに演奏する。このハートから、まっすぐ指へとね。誰も楽譜をめくる必要がない」


流行りものだったR&Bと違って、ブルースはすでに普遍的なものだった。イギリスの階級や地域性などに囲いこまれることなく、ブルースが好きな若者たちは自然に顔見知りとなってつながっていった。

1964年11月にローリング・ストーンズはウィリー・ディクスンの粋なブルースに、大胆なスライド・ギターをフィーチャーした「リトル・レッド・ルースター」をシングル盤で出すことにした。
マネージャーもレコード会社も反対したが、それを押し切って強引に発売したのは、一般受けなどはどうでもいいと開き直っていたからだ。

彼らは純粋にブルースの持つ力と、観客の受け止めるを信じていたのでそれを試した。

I am the little red rooster
Too lazy to crow for day

オレは小さな赤い雄鶏
昼間は鳴けない怠け者


ポップスの王道であるラブ・ソングとは正反対、何の役にも立たないクソッタレの雄鶏の歌は、イギリスのヒットチャートで1位になった。


こうしてローリング・ストーンズがデビューして2年目で成功を手に入れてまもなく、プリミティブだったメンバーたちの個性が発揮されて、独特のオリジナル曲が生まれてくることになる。

それから50年以上もの歳月を経て、ソングライターのジャガー&リチャーズとして二人は、ローリング・ストーンズのオリジナル曲のほぼすべてを作り出してきた。

ストーンズのために曲を書くのが自分たちの仕事だと自覚した二人が、ようやくほかのバンド・メンバーたちに聴かせられる自信作「ザ・ラスト・タイム」が生まれるまでには、八ヵ月から九ヵ月も時間がかかったという。

それまでも「アズ・ティアーズ・ゴー・バイ」のようなバラードなんかを他のアーティストに提供していたが、それはローリング・ストーンズでやっている音楽とは何の関係もないものだと思っていた。

しかし「ザ・ラスト・タイム」が出来上がったとき、二人は顔を見合わせて頷くことが出来た。

なぜならば最もストーンズの音楽を特徴づけるスタイル、ギターのリフの繰り返しがその曲にあったからだ。
歌詞にもまた、ストーンズらしいひねりがあった。


あそこで頭の中にカチッと音がした。
ミックと俺はブライアンとチャーリー、とりわけ物事の決定に中心的な役割を果たしていたイアン・スチュアートの前で披露できるだけの自信が持てた。
あの曲である意味、俺たちというバンドが明確になったんだ。


キースはこの時、自分の書いた曲で自分を表現できることに気がつき、雷に打たれたような衝撃を受けたという。
そこからほんもののソングライターになったのである。

ローリング・ストーンズというバンドを続けていく上でも、ソングライターとして作品を書いていく上でも、二人は切っても切れない相棒だということを、キースは簡潔にこう語っている。

“Mick is Rock and I’m a Roll.”
「ミックはロック、俺はロールさ」



<参考文献>
キース・リチャーズ (著) 棚橋志行 (翻訳)「ライフ」(発行 楓書店)
ショーン・イーガー編「キース・リチャーズかく語りき」音楽専科社

<参照・TAP the NEWS 二十歳の歌〜転がり始めた“二つの石”〜>

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