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かつての栄光の歌手という道が始まった~坂本九の27歳

2016.08.12

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エルヴィス・プレスリーに憧れてロックンロールに目覚めた坂本九が、バンドボーイを振り出しに米軍キャンプやジャズ喫茶でのライブで鍛えられて、日劇のウェスタンカーニバルの舞台に立ったのは17歳の時である。

唄ったのは「センド・ミー・サム・ラヴィン」、リトル・リチャードのR&Bのカヴァーだった。

歌よりも持ち前の明るい笑顔とアクション、人懐っこいキャラクターでライブで人気が出始めた坂本九は、ダニー飯田とパラダイスキングのヴォーカル担当として活躍、テレビという新しいメディアを通して日本で最初のアイドルになっていく。

彼の持ち味はあたたかな声と、グルーヴ感のあるヴォーカル力だけに留まらなかった。

「坂本九ってのは、おかしなやつだというので、テレビで使われ始めたころから、ぼくは、番組のなかで、どこか一ヶ所だけ人と変わったことをしてやれと努力しました」


オールマイティのエンターテイナーの資質を持っていて、日頃からそれに磨きをかけようと努力していたのだ。

坂本九パラ金

明るくてコミカルな「ステキなタイミング」や「九ちゃんのズンタタッタ」、エルヴィスのカヴァー「GIブルース」などがヒットして、人気が急上昇したのは1960年から61年にかけてのこと。

そして7月には運命を決めた1曲、中村八大が作・編曲し、永六輔が作詞した「上を向いて歩こう」に出会っている。

坂本九GI

この歌がNHKの音楽バラエティ『夢であいましょう』で取り上げられて大反響を呼び、10月にレコード化されるて大ヒットを記録することになる。
こうして20歳になる前後からはアイドル以上の存在感を持つ、有数の歌手だと認められたのである。

それから1年が半が過ぎてアメリカで坂本九のレコードが、ローカル局のラジオリクエストで日本語のまま火がついた。
そこで急きょレコードが発売されると、誰も予期せぬ大ヒットになって1963年6月15日から3週間、全米シングルチャート1位に輝いたのだ。

さらにはアメリカ発で全世界にまで広まり、世界的なヒット曲になっていった。
本人稼働もなくノンプロモーションにもかかわらず、音楽の歴史に残る快挙が達成されたのは楽曲やアレンジが良かったこともあるが、何より坂本九のキュートな歌声が、言葉の壁を超えて世界中のティーン・エイジャーの心に届いたからだ。

その年は日本でも「上を向いて歩こう」がリバイバル・ヒット、さらには自らが主演したミュージカルの挿入歌「見上げてごらん夜の星を」と、新曲の「明日があるさ」が続けてヒットした。

人気が不動のものとなったその年、坂本九は大晦日のNHK「紅白歌合戦」では、「見上げてごらん夜の星を」を心を込めて歌い上げた。

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歌だけでなく演技も司会も出来るオールマイティのエンターテイナーを目指していた坂本九は、老若男女を問わずあらゆる階層の人たちから支持された。
しかも世界にまで認められた国民的なスターとなったので、誰もが理想とする好青年という役割が求められていくようになっていく。

マルチ・タレントとしてテレビ、映画、舞台に引っ張りだこの日々が続くなかで、1968年の年末にはNHKの「紅白歌合戦」の司会という大役を引き受ける。
それは27歳を迎えてすぐのことだったが、オールマイティなエンターテイナーとして頂点に登りつめた証明でもあった。

だが、華々しい成功が続くなかで、歌手としてはかつてのようなヒット曲が出なくなっていた。
坂本九は翌年、「27才の夜明け」と題する所感を後援会の会報に寄稿している。

「今年は何としてもいい唄、ヒットする唄を出したいですね。そして、その歌を歌いたい」


しかし日本の音楽シーンはその年、1969年から歴史的な変革を遂げて様々な面での新旧交代が始まっていった。
カルメン・マキ「時には母のない子のように」、ちあきなおみ「雨に濡れた慕情 」、藤圭子「新宿の女」など、続々とユニークな新人が登場して孤独な歌、暗い歌が好まれた。

それは激動の60年代という時代の空気が大きく変ってきた気配を、歌の作り手や受け手が敏感に察知していたからだった。
高度成長期に少年少女や若者たちが抱いた明るい希望、豊かな未来への夢がどうやら非現実的で、楽しいことばかりが待ち受けているのではないということが明らかになっていた。
“いい唄、ヒットする唄を出したい”という願いは叶わぬまま、坂本九が輝いた1960年代の幕は閉じられたのだった。
そして70年代に入ると、一挙にシンガーソングライターの時代がやって来る。

「かつての栄光の歌手」という道が始まったのは、国民的行事の「紅白歌合戦」で司会を引き受けた時からだったのかもしれない。



日本人で唯一人、否、アジアまで含めても、全米チャート1位の記録はまだ破られていない。
若くして坂本九ほどの栄光を獲得した歌手は、半世紀もの年月を経た今にいたるまで、もう二度と現れては来なかった。

そして「上を向いて歩こう」は今もなお、世界中でスタンダード・ソングとして歌い継がれている。
オリジナルシンガーだった坂本九の歌もまた、どこかから流れ続けていくだろう。


TAP the POP 2周年記念特集 ミュージシャンたちの27歳~青春の終わりと人生の始まり〜

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