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ソウルの目覚め~ジェームス・ブラウンの27歳

2023.12.25

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まったく、1960年という年は、俺のそれまでの苦労がいっきに報われはじめた年だった。(『俺がJBだ!―ジェームズ・ブラウン自叙伝』より)


ジェームス・ブラウンは、本名ジェイムズ・ジョセフ・ブラウン・ジュニア、誕生日は1933年の5月3日だ。
母親のお腹から出てきたときには息をしておらず、周りにいた家族がショックで涙を流していると、ほどなくして産声を上げたという。

生まれながらにして人々の注目を集める才能を持っていたその赤ん坊は、すくすくと育って5歳頃にハーモニカを吹き始め、その後もドラムやピアノ、ギターなど次々と楽器の扱い方を覚えていく。
11歳頃には地元のアマチュアによる歌唱コンテストで優勝するなど、その音楽的才能は誰もが認めるところだった。

友人らとコーラス・グループを結成し、本格的に音楽活動を始めたのは1953年のことだ。
すぐにグループは地元で人気を集め、やがて自分たちのグループをフレイムスと名付けた。

そして1956年、デモ・テープをキング・レコードに送ると、スカウト担当にその才能を買われてジェームス・ブラウン&ザ・フェイマス・フレイムスとして、「プリーズ・プリーズ・プリーズ」でレコード・デビューを果たす。
レコードはR&Bチャート6位まで上昇し、ミリオン・セラーの大ヒットを記録した。
こうして始まったJBの音楽人生は、ここまでは順風満帆だった。


ところがその後に出したレコードが、どれも鳴かず飛ばずに終わってしまう。
その要因はJBの音楽に理解を示さないレコード会社側が、JBの意向を無視したところにあったようだ。

レコード会社はヒット曲が出ないことに業を煮やし、「ジェームス・ブラウンはもう終わった」として、JBのレコードを今後は作らないと通告した。
一方のグループ内でもJBばかり取り沙汰されることや、ヒットが出ないことに対する不満が募って、オリジナルのフェイマス・フレイムスは1957年に解散してしまう。

それでもJBが諦めることはなく、新たにメンバーを集めてフェイマス・フレイムスを再結成し、自分たちで作った「トライ・ミー」のデモ・テープを地元のDJに配った。
するとラジオ局にリクエストが押し寄せたので、キング・レコードは再びJBのレコードを制作することを容認する。

1958年10月に発売された「トライ・ミー」は、R&Bチャートで見事1位を獲得した。JBはここでレコード会社に対して、自分たちの存在を認めさせたのだ。


この時代、毎晩のようにステージに上がったJBは、自身の歌とパフォーマンスに磨きをかけていた。
1959年には黒人エンターテイメントの最高峰、アポロシアターのステージでデビューを果たす。
JBの代名詞ともいえるパフォーマンス、マントショーもこの頃から披露しはじめた。
曲にも次々と新しいアイディアを盛り込み、その進化はとどまるところを知らなかった。

俺の頭の中には、これまでどこでも聴いたことのないサウンドが鳴り響いていた。そのサウンドには名前がなかったが、俺にはこれが今までのサウンドと違っていることがわかっていた。


そして27歳を迎えた1960年、JBの音楽に大きな変化が起きる。
その年の5月にリリースされたシングルの「シンク」で、それが明らかになった。

強烈な8ビートとともにホーンセクションによるリフが繰り返され、コードを感じさせるものは極力省かれて、リズムが明確に浮かび上がるサウンドに乗って、JBの“ソウルフル”な歌声が轟く。

「シンク」はゴスペルとジャズを合わせたようなもので――俺たちはそいつをリズム・ホールドと呼んでいた。
まさにそこがソウルの出発点だった。



R&Bにゴスペルやジャズを取り入れるというのは、JBに限らずレイ・チャールズなど他のミュージシャンも試みており、ソウルは同時多発的に産声を上げ始めていた。
しかしJBにとっては、「シンク」こそがソウルの目覚めであった。

1965年にリリースされて大ヒットしてJBの代表曲となる「アイ・フィール・グッド」の原型が、このときすでに生まれていたのだ。


「シンク」で3枚目のミリオン・セラーをものにしたJBは、その12月にアポロ・シアターではじめてヘッドライナーとなっている。

ソウルの目覚めとともにJBの人気は決定的なものになっていった。
自分の音楽がもっとも輝きを放つのはアポロシアターのステージの上だと理解していたJBは、ライヴを観に来れないファンにもその音を届けたいと思いはじめる。

そして1963年、JBは歴史的なライヴ・アルバム『ライヴ・アット・ジ・アポロ』を世に放つのである。


James Brown『The Very Best Of』
Universal






参考文献:
『俺がJBだ!―ジェームズ・ブラウン自叙伝』ジェームス・ブラウン/ブルース・タッカー著 山形 浩生/渡辺 佐智江/クイッグリー裕子訳(JICC出版局)

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