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僕は「怒れる若者」だったことなんかない~エルヴィス・コステロの27歳~

2016.08.06

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パンクムーブメント真っ只中の1977年にイギリスでデビューし、辛辣な歌詞とステージやインタビューでの振る舞いから「怒れる若者」と呼ばれた若き日のエルヴィス・コステロ。
だが当人はこのレッテルを心良くは思っていなかった。

僕は「怒れる若者」だったことなんかない。「怒れる老人」なんだ。いつだって実際より老けてる気分だったし、老けて見られた。今だってマジでムカつくことはあるよ…
(1983年 NMEのインタビューにて)


レッテルを貼られてしまうと、そういう音楽を求められる。そのことをコステロはデビューからの数年間で、身を持って痛感していた。
それは自分の音楽を一つの枠組みに閉じ込めてしまうものであり、コステロにとってはこの上なく窮屈なものだった。

そんな「怒れる老人」が、自身のキャリアを大きく揺るがす事件を起こしたのは1979年3月のことだ。
ツアーで全米を回っていたコステロはこの日、オハイオ州コロンバスでのライブを終えると、ホテルの近くのバーに向かった。
店に入ると、CSN&Yなどでお馴染みのスティーヴン・スティルスが、友人らと酒を飲んでいた。
コステロとバンドメンバーも一緒に飲むことになったのだが、些細なことから口論が始まってしまう。
はじめは皮肉の利いたジョークの飛ばし合いだったが、やがてヒートアップするとコステロはアメリカ人やアメリカの音楽を罵りはじめた。
気分を害したスティーヴンは1人バーを出て行ったが、その後も口論は続いてコステロは話題を振られるとジェームス・ブラウンだろうと、大好きなレイ・チャールズだろうと容赦なく攻撃するのだった。

後日その発言がメディアによって暴露されると、あらゆるところから非難の矢が飛んできた。
コステロはすぐに謝罪会見を開いて、ニューヨーク・タイムズの取材に応じ、その真意を語っている。

「酔っぱらいの暴言だった。とにかく、連中が一番ムカつくことを言ってやりたかったんだ。でも、それは言い訳にはならない」

「ステージで抑制のきかない怒りに身を任せてみたり、わざと怒ってみせたりしてると、本当にムカついてるかどうかに関わらず、色々口走ってしまうようになる。こころとは裏腹な言葉を使ってね。それが全部自分にはねかえってくるんだ。でも、言い訳がましくなりたくない。あんなことを言うなんて、言い訳なんか通用しないよ」


暴言を吐かれた当事者の1人であるレイ・チャールズは、メディアからコメントを求められると同情的な態度を露わにした。

「ミスター・コステロがどんな人物かを決めるのは、盛り場でのヨタ話なんかじゃない。彼の音楽だ」


とは言え、この事件の影響でアメリカにおけるコステロのセールス低下は深刻なものとなり、1989年の『スパイク』でゴールド・ディスクを獲得するまで長らく苦戦することとなる。

事件から2年以上が過ぎた1981年の10月、27歳になったコステロがリリースした5枚目のアルバム『オールモスト・ブルー』は、アメリカの音楽に対する想いと敬意を明らかにしたものだった。

カントリーの聖地ナッシュビルで制作された本作は、ハンク・ウィリアムスやマール・ハガード、ジョージ・ジョーンズらカントリー歌手の楽曲をカバーしており、それまでのコステロの作品とは一線を画していた。



ジャズ・ギタリスト、ケニー・バレルの名盤『ブルー』を模したアルバムジャケットには、その旨を伝えるメッセージが貼られていた。

「警告! このアルバムにはカントリー&ウエスタンが収録されており、見識の浅い人々は強い不快感を覚える可能性があります」


almost_blue

ここでいう「見識の浅い人々」とはコステロに「怒れる若者」であることを求める人たちのことだろうか、あるいは酒の場での発言を真に受けて未だにコステロを「黒人差別主義者」だと見なしている人のことだろうか。
いずれにせよ、『オールモスト・ブルー』はそういったコステロのイメージを覆すのに十分なほど、野心的な作品になった。
のちにコステロはこの作品についてこう語っている。

「今聴くと『おいおい、こんなに落ち込んでたのか』って思う。すごく憂鬱なサウンドのアルバムだ……七九年の余波かもしれない。ありとあらゆる不幸の最後の厄落としだったのかもしれないな」


“厄落とし”を終えたコステロは、27歳のときにもう1枚アルバムを発表している。
それが翌1982年の8月にリリースされた『インペリアル・ベッドルーム』だ。
ビートルズの『リボルバー』などを手がけたジェフ・エメリックとの共同プロデュースで制作された本作は、ポップス性を取り戻しながらも独創性に満ち溢れ、コステロの新たなスタートにふさわしい充実した内容となった。



27歳のときにリリースした2枚のアルバムによって、コステロから「怒れる若者」という世間のイメージは徐々に薄れていき、過去の自分とは違う新しい作品を作りたいという強い意思とともに、コステロの音楽はますます変化していくのだった。


引用元:『マイ・エイム・イズ・トゥルー エルヴィス・コステロ・バイオグラフィー』トニー・クレイトンリー著/小原亜美訳(ブルース・インターアクションズ)


Elvis Costello『Almost Blue』
F-Beat/Columbia


Elvis Costello『Imperial Bedroom』
F-Beat/Columbia

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