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ハービー・ハンコック27歳〜最愛の恋人ジジとの結婚にいたるまでの葛藤と決意

2018.07.14

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半世紀を超える活動歴を誇るジャズピアノの第一人者、ハービー・ハンコック。
ジャズ界だけでなく、R&Bやヒップホップにまで多大な影響を与えた“革新者”と讃えられている彼はどんな二十代を過ごしたのだろう?
彼の音楽人生に大きな影響を与えた人物と言えば…天才トランペット奏者マイルス・デイヴィスだった。
1963年、当時23歳だったハービーはマイルス・デイヴィスのグループに抜擢され、1968年頃(27歳)まで在籍する。

「60年代後期、つまり二十代半ばから後半は探求の時代だった。マイルスが私にフェンダー・ローズを弾けと言ったのも、彼の探求の一部をなすものだった。アルバム“Miles In The Sky(1968年リリース)”は彼がエレクトリック楽器を用いた最初の作品だった。以後、彼は二度と全編アコースティックのレコードは作らなかった。彼のおかげで、私は思いもよらず自分の中に電子楽器への愛を発見したんです。電子楽器は、私の音楽創作方法を大きく変えることになりました。」



その頃、ハンコックは最愛の恋人ジジと4年間に渡ってニューヨークで同棲生活を続けていた。
しかし、1966年の夏(当時26歳)に一度、ジジは彼のもとを去ろうとしたという。
その夏、彼はマイルスのヨーロッパツアーにジジも連れて旅をしていた。

「マイルスと一緒にやるようになって世界中を旅するようになった私は、あらゆることを探索し、体験したいと思っていました。コペンハーゲンで、ある晩公演が終わったあと、ジジと私は現地の人から飲みに行こうと誘われて夜の街に繰り出したんです。当時、私はそのような誘いを率先して受けていました。デンマーク人の酒の強さは並のレベルではなかった。私は彼らと張り合うように酒を飲み…ホテルに帰ったときは完全に酔っぱらっていました。」


ジジはハービーを介抱しながらバスルームに連れて行き、風呂に入れて酔いを醒まそうとしが…次の瞬間、彼はあたり一面に吐いてしまった。
日頃から我慢を重ねてきたジジは、バスルームを飛び出して、コンシェルジュを電話で呼び出して自分の飛行機のチケットを手配するように頼んだ。

「あたしはニューヨークに帰るわよ!もうたくさんだわ!」


当時、ジジは二人の関係に不安と苛立ちを感じていたという。
1960年代という時代にあたって、人々の意識は変わりつつあったにせよ、結婚もせずに同棲しているカップルは依然として世間から冷たい目でみられていたのだ。
ホテルをチェックインするときも、彼女は結婚指輪をはめていないので、人々から尻軽女か商売女と見られる場面もあったという。

「私の母はヴィクトリア朝風の格式ばった考えの持ち主で、私が白人のガールフレンドと暮していることを快く思っていませんでした。それを知っていた彼女は心を傷めていました。当時は多くの黒人が白人との交際に対して偏見をもっていました。」


ハービーの妹ジーンは、ジジのいる前でこんな言葉を浴びせたという。

「どうして金持ちの立派な黒人の男が、白人の女と一緒になるの?」


ハービーはヨーロッパ人であるジジが、アメリカで黒人男性と結婚することの意味をどれくらい理解しているのか不安だった。

「アメリカの白人女性は、この国に人種偏見が満ちていることを肌で感じながら育つ。だから彼女達は黒人男性と結婚すれば、どんなことが待っているかを知っている。しかし、ジジはアメリカ社会の酷い裏面を知る人間ではない。」


ハービーがジジとの同棲を長くしていたのは、少し時間をかけてでも彼女がそれらの実態を把握するまで待つのはベストだと判断したからだった。

「もうたくさんだわ!」


コペンハーゲンのホテルの部屋で、ジジは言い放った。
彼女はニューヨークに帰るフライトを手配しているのを聞いたハービーは、何とか正気を取り戻して引き止めた。

「ジジ、頼むよ!そんなことはやめてくれ!」


彼女は首を横に振った。
怒りが収まっていない様子の彼女に対してハービーが一言。

「結婚しよう!」


ハービーはその時のことを鮮明に憶えているという。

「最高にロマンティックなプロポーズとは言い難かったけど…ジジは“イエス”と言ってくれました。私たちは翌日、ホテルに宝石商を呼んで指輪を選びました。」


ジジとの婚約を交わした時、ハービーは26歳だった。
それから数ヶ月の間、まだマイルスとのツアー生活は続いた。
ニューヨークに彼女を待たせたまま、数週間も帰らない日々が続く中で、二人は喧嘩もしたが、お互いへの理解を深めていったという。
1967年のある日、ジジはツアーから帰宅したばかりのハービーをこんな言葉で迎えた。

「私は自分の幸せについてあなたに頼り過ぎていたと悟ったの。ツアーであなたが家にいないからいつも空しさを感じていたんだけど、それは依存だったのよ。私は自分自身の生活を創って、自分の幸せに自分で責任を持たなければならないことに気づいたの。」


二人は同棲生活から婚約というステップを踏み、お互いに不安を乗り越えて…遂に結婚を誓い合ったのだ。
それはハービーが27歳の時だった。
そして、二人は1968年8月31日、にニューヨークのシティーホールで結婚式を挙げた。


<参考文献『ハービー・ハンコック自伝 新しいジャズの可能性を追う旅』ハービー・ハンコック(著)川嶋文丸(訳)/DU BOOKS>

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