「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

TAP the POP

TAP the STORY

チャック・ベリー27歳〜順風満帆な新婚生活、運命を変えたマディ・ウォーターズからの一言

2018.10.06

Pocket
LINEで送る

ボ・ディドリーやリトル・リチャードと並び“ロックンロールの創始者の一人”として知られているチャック・ベリー。
ロックが好きならば彼の名を知らない人はいないだろう。
ビートルズのジョン・レノンが「ロックンロールに別名を与えるとすれば“チャック・ベリー”だ」と発言しているほど、後進のロックアーティストたちに多大な影響を与えてきた彼。
そんなロックンロール史上最大のレジェンドが、27歳の頃一体どんな日々を過ごしていたのだろう?


──1926年、彼はミズーリ州セントルイスに住む家庭の6人兄弟の真ん中として生まれる。(一部の伝記ではカリフォルニア州サンノゼ生とする説もあり)
幼いころから聖歌隊に入り音楽に親しんできた彼だったが、高校時代には不良仲間に影響され様々な悪事に手を染めて警察のお世話になったことも数多くあったという。
17歳の時に少年院に送られ、3年後に釈放。
その翌年にトディという女性と結婚し、GM(ゼネラルモーターズ)の工場で働きながら音楽活動をしていた。
27歳になった彼はピアニストのジョニー・ジョンソン率いるバンドにギタリストとして加入する。

「あれは1952年の年の瀬だった。ジョニー・ジョンソンというピアニストから電話があったんだ。大晦日の晩にトリオバンドでギターとヴォーカルをやらないか?ってね。セントルイスにあるコスモポリタンというクラブでの本格的な演奏だ。もちろん引き受けたさ!」


彼にとって、そのステージがプロのミュージシャンとしての第一歩となった。
年が明けてまもなく、コスモポリタンのオーナーからレギュラー出演の依頼を受ける。
ピアニストのジョニー・ジョンソンがリーダー、ドラマーはエビー・ハディ、ベーシストは週末毎に変わったという。

「俺達は客層に合わせて曲目を組めるようになり、週末は大入り満員にしたよ。その頃セントルイス周辺で演奏されているのは、主にヒルビリーとかカントリー&ウェスタンだった。黒人客の多い店だったから、最初は“変な黒人ヒルビリーバンド”として笑われていたけど、すぐに評判になったんだ。客の黒人達が夢中になって裸足でヒルビリーで踊る光景は圧巻だったよ。俺達はいつもまにかセントルイスで人気者になっていたんだ。」


ジョニー・ジョンソンの理解もあり、彼は徐々に人の曲に新しい歌詞をつけたり、即興の歌詞を歌うようになる。
ギターのアドリブの腕も上達し、ジョニーのピアノとの絡みも客に大ウケしたという。

「その頃はクラブでの演奏と掛け持ちしながら、親父の大工の仕事をしていたんだ。そのおかげで貯金もたまったので、55年型フォード・エスクァイアのステーションワゴンを買ったよ。俺にとっては初めての新車だった。家の二階部屋を増築することも決まり、専業主婦になっていたトディは大喜びだったよ。新品のステレオセットも買い、夕方になると好きなラジオ番組を楽しんだ。すべてが順風満帆だった。」




その後、彼はブルース界の大御所マディ・ウォーターズから人生を変えるアドバイスをもらい、直後にブルースの名門チェスレコードとの契約を結ぶ。
彼は、その運命的とも言える日のことを鮮明に憶えていた。

「ある日オレは新車の遠乗りがしたくなって、シカゴに親戚がいるという友達のラルフと2人でシカゴへとドライブしたんだ。ラルフの親戚の家でご馳走になった後、俺達はシカゴのサウスサイドのブルースの生演奏が聴けるクラブをハシゴしてまわった。そこでハウリング・ウルフ、エルモア・ジェームスのステージを観たんだ。とても感動したし!興奮して聴き入ったよ!そして、今度は憧れのマディ・ウォーターズが出演するクラブへ行ったんだ!マディは最後のセットのラストナンバー“Got My Mojo Working”を演奏中だった。演奏が終わると群がるファンをかきわけ、サインを貰うために突進してくれたラルフのおかげで、俺はマディと口をきくチャンスができた。大統領か法王に、お目どおりするような気分だった俺は、曲の素晴らしさを褒めた後、単刀直入に“レコードをつくるにはどうすればいいのか?”と聞いてみた。大勢のファンが声をかけようとひしめく中で、マディは俺の質問に答えてくれたんだ。“レナード・チェスに会ってみろ!47丁目とカテッジの角にあるチェスレコードさ!”俺に音楽を愛することを教えてくれた人。俺の音楽に最も大きな影響を与えた人。それがブルース界のゴッドファーザー、マディだ!」


1955年、29歳にしてシングル「メイベリーン」で遅咲きのデビューを果たした後、彼は数年間に渡り「Roll Over Beethoven」、「Rock ‘n’ Roll Music」、そして代表曲となる「Johnny B. Goode」、「Carol」を発表しながら、ライブでおなじみとなった“ダックウォーク”で観客を楽しませ、一躍スターへの階段を登りつめてゆく……




<参考文献『チャックベリー自伝』チャックベリー(著)中江昌彦(訳)音楽之友社>

Pocket
LINEで送る

関連するコラム

[TAP the STORY]の最新コラム

SNSでも配信中

Pagetop ↑

トップページへ