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キース・ジャレット27歳〜名盤『Facing You』がもたらした新たなターニングポイント

2019.11.02

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キース・ジャレット。
一般に“ジャズピアニストの巨人”の一人として広く認識されている彼だが、実はピアノだけにとどまらず、ソプラノサックス、パーカッション、ハープシコード、リコーダーなど様々な楽器を巧みに操る“天才肌アーティスト”なのだ。
ジャズはもちろんのことクラシックからボブ・ディランの楽曲までジャンルを超えた音楽表現を身上とする。
そんな彼が27歳の時に『Facing You』というアルバムを発表し、そのキャリアにおいて重要なターニングポイントを迎えたという。
1972年に発表された同作は、アメリカ国内、カナダ、ヨーロッパなどで広範な称賛を博し、新たな時代のピアニストの新境地を拓く画期的な出来事とみなされた。
評論家達はこんな言葉で彼を讃えた。

「この自然さこそが、ジャレットが多くの人々にアピールする秘密であり、“Facing You”は彼の最新の成果を示す最高水準の作品となっている。彼は数年来の探求を経て、自分自身を見つけたのである。」


「過去何年間かに発表されたジャズピアニストの作品の中で、最も創意に溢れているアルバムであることには疑いがない。」

「ジャレットは誰も見てないうちに“マイルス・デイヴィスの元ピアニスト”から、ジャズ界の最も重要な若きピアニストへと飛躍していたようである。」




27歳を迎えた1972年は、彼にとって一つのターニングポイントであった。
この時期彼はマンフレート・アイヒャーが相棒のトーマス・ストウザントと2人で 創設したレーベルECM(Edition of Contemporary Music)と新たに契約し、ソロアルバム『Facing You』(EMC)と、カルテットによるアルバム『Birth』(アトランティック)、『Expectations』(コロムビア)と立て続けに作品を発表している。
世はまさにジャズ・ロックの全盛期であったが、それにも関わらず彼が織り成すアコースティックなアプローチの音楽が、アメリカ国内で単なる衝撃以上のものを生み出しつつあったという。
その驚くほどに広い音楽領域を含む質の高い彼の作品は、必然的に人々の注目を集めることとなる。
その飛躍の年の締めくくりとして行われたニューヨークのソロ公演を『ローリングストーン誌』のボブ・パーマー氏がこんな言葉で絶賛している。

「彼はその強み、つまり、確かなリズム、広範囲に渡るイマジネーション、磨き抜かれたテクニック、そして内面に持つ堅固かつ繊細な情熱で聴衆を魅了した!」


その年、彼には二人目の息子が生まれ、それまで住んでいた家では手狭になったので、ニュージャージー州の中心部に一軒家を購入した。
ちょうどその頃、彼はグッゲンハイム・フェロー(1925年に創設されたジョン・サイモン・グッゲンハイム記念財団による助成金)を受けている。
芸術における優れた能力、あるいは卓越した創造力を発揮した者だけに与えられる助成金だという。
それは、彼が有望な芸術家として“認められた”という一つの証でもあった。
かなりの額の助成金と名声を手にした彼は、二十歳前後の頃にニューヨークで経験した下積み時代を思い出してこんなことを語っている。

「あの頃、誰もがそうだったんだけど…売れないミュージシャンたちは絶対に家賃など払えなかった。都心部のアパートでは音の問題で1日に限られた時間しか練習ができない。まともにピアノを弾くことも困難だった。」


彼らが新たに移り住んだ家は、不動産屋から紹介されたダッチコロニアル様式(オランダの伝統を受け継ぐトラディショナルな造り)の中古の木造の家だった。
数エーカーの森に囲まれた開拓地の中に建っていたので、音の苦情などを気にする必要はなかった。
彼ら夫婦は土地と家を46,000ドルで購入した。

「割安だったけど、それでも僕ら夫婦にはちょっと高かった。数年がかりで増築もしたよ。壊れかけていたガレージを建て替えて、さらに二台のピアノを収めるためのスタジオを建てたんだ。」


彼はその家を根拠地にして、新たな作品を生み出していった。
1973年2月に発表した二枚組のクラシック系アルバム『In the Light』に収録された曲は、自宅のスタジオで創作された。
ジャズではないアルバムが発表されるとファンは驚いたという。
そしてさらに彼への注目と評価は高まっていった。
ある評論家はその頃の彼をこんな風に表現した。

「絶えず変化をし続けるということだけが、キース・ジャレットの唯一変わらない特性なのだ。」



<引用元・参考文献『キース・ジャレット 人と音楽』イアン・カー(著)蓑田洋子(翻訳)/ 音楽之友社>


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