「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

TAP the POP

TAP the DAY

サム・クックの素晴らしさを発見した日本のミュージシャンたち

アメリカのローリングストーン誌で2014年に180人の著名人の投票により選出された「偉大なシンガー100人」で、サム・クックはジョン・レノンやボブ・ディランより…

TAP the ERA 1989-2019

平成はここから始まった!〜“バブル時代”の本当のサウンドトラックとは?(後編)

バブル──今から想えば、それはとてつもなく華やかで眩しくて、余りにもワイルドで切なかったパーティのような時代。「平成の序章」とでもいうべきあの頃に戻ろうとする時…

TAP the ERA 1989-2019

平成はここから始まった!〜“バブル時代”の本当のサウンドトラックとは?(前編)

バブル──今から想えば、それはとてつもなく華やかで眩しくて、余りにもワイルドで切なかったパーティのような時代。「平成の序章」とでもいうべきあの頃に戻ろうとする時…

Extra便

追悼・寺尾次郎(1)~音楽から映画へ道に進み、字幕翻訳家になったシュガー・ベイブのベーシスト

小学生の頃から映画が好きだった寺尾次郎は、よく叔母さんに東宝の怪獣映画と青春ものと外国映画の3本立てに連れて行ってもらったそうだ。 音楽活動を始めていた大学時代…

Extra便

追悼・大森昭男~「三木鶏郎の弟子が三木雛郎?それならば…」と三木卵郎を名乗った大瀧詠一

大瀧詠一が自らを三木卵郎と名乗っていたのは1977年にサイダー・シリーズを柱とするCMソングでまとめた異色のアルバム、『ナイアガラCMスペシャルVol.1』を出…

Extra便

追悼・大森昭男~はっぴいえんどの大瀧詠一を発見したことから始まったCM音楽の新時代

CM音楽のプロデューサーとして1970年代の音楽シーンに新風を吹き込んだ大森昭男は、日本におけるコマーシャルソングの祖といわれる三木鶏郎の門下生で、1960年に…

Extra便

追悼・大森昭男~次々と作品がボツになっても、なぜ大瀧詠一はCMに起用され続けたのか?

大瀧詠一は1972年の11月に初のソロ・アルバム「大瀧詠一」を出したものの、73年と74年は自分のアルバムを1枚も出さず、いわば雌伏の期間を過ごしながらナイアガ…

Extra便

「パイド・パイパー・ハウス」はなぜ伝説のレコード・ショップとなったのか?

南青山にあった伝説のレコード・ショップ「パイド・パイパー・ハウス」は、1975年11月にオープンしてから足かけ14年間の営業で1989年6月に閉店した。 日本で…

TAP the NEXT

ポリキャット──日本のAORに影響を受けた、タイの人気シンセ・ポップ・バンド

ポリキャット(Polycat)は、タイ バンコクを拠点に活動するポップ・バンド。ネット上を回遊しているうちに彼らの音楽と偶然出会い、一気に耳を奪われた。 ポリキ…

街の歌

駅〜今はなき東急東横線旧渋谷駅が舞台となった竹内まりやの名曲

見覚えのある レインコート 黄昏の駅で 胸が震えた はやい足どり まぎれもなく 昔愛してた あの人なのね 懐かしさの一歩手前で こみあげる 苦い思い出に 言葉が…

TAP the STORY

27歳になった大瀧詠一を待っていたのは、地獄の責苦のようなハード・スケジュールだった

1975年6月9日にスタートした大瀧詠一のDJ番組『ゴー・ゴー・ナイアガラ(GO! GO! NIAGARA)』は、1978年9月25日まではラジオ関東で、197…

TAP the DAY

プロコル・ハルムの名曲「青い影」にまつわるいくつかの逸話〜

ビートルズが伝説の名盤『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』を発表した1967年、同じイギリスで一曲の名曲が…

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