「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

TAP the POP

TAP the STORY

新生RCサクセションを率いる忌野清志郎27歳、 「よォーこそ!」で幕を開けた新時代 

1978年4月2日、忌野清志郎は27歳になった。 高校時代にバンドを結成してから10年を迎えたRCサクセションはその頃、ヒット曲もなければ仕事もないという無作為…

TAP the LIVE

最後となった「屋根裏」4日間連続ライブから始まったRCサクセションの快進撃

まだ高校生だったRCサクセションが「宝くじは買わない」でデビューを果たしてからちょうど10年が経った1980年、ロック・バンドになったRCサクセションはついにブ…

Extra便

「できることなら、この胸を切り裂いて、どんな気持ちで歌を作ったのか、見せてやりたいよ」忌野清志郎

バリー・マクガイアの「明日なき世界」で始まり、ジョン・レノンの「イマジン」で終わる洋楽のカバー・アルバム『COVERS』は、RCサクセションと契約していたレコー…

5 PICS

【5 PICS・音楽②】あの名曲を5枚の絵にしました。曲名は?

Q 5枚の絵であの名曲を表現しました。曲名は何でしょう? まずはノーヒントで挑戦! ★ヒント 「1970年代、日本の曲」です。 ※答えは後日↓↓↓に掲載します。…

街の歌

多摩蘭坂〜RCサクセションの名曲に耳を傾けながら

その坂の名前は「たまらん坂」という。 RCサクセションの忌野清志郎は国立〜国分寺育ちで、ミュージシャンとして活動を初めてからも、この界隈にアパートを借りて住んで…

季節(いま)の歌

雨あがりの夜空に

♪「雨あがりの夜空に」/RCサクセション 1970年代の終わり。 RCサクセションは、フォークグループからロックバンドへと変貌を遂げようとしていた。 この楽曲は…

TAP the NEWS

チョコレートの歌〜清志郎とチャボの出会い

チョコレートから始まった出会い…そして“特別な再会” 1970年代になってすぐに、二人は渋谷の音楽喫茶『青い森』で出会う。 程なくして、チャボは実に多忙な日々を…

TAP the SONG

忌野清志郎が歌ってスタンダードになった日本語詞の「デイドリーム・ビリーバー」

1964年の初めからビートルズが全米を制覇して空前のブームを巻き起こしたことに対抗して、アメリカのエンターテインメント業界が用意したのがモンキーズだった。 ビー…

TAP the NEWS

労働者の歌〜忌野清志郎も愛読した小説『土曜の夜と日曜の朝』から聴こえてくる名曲たち

『土曜の夜と日曜の朝』は1958年、30歳のときに発表された、シリトー英文壇へのデビュー作である。 「労働者がこのような物の考え方をするはずがない」と、5回もあ…

Extra便

忌野清志郎がNHKホールで行われた『どんと 紅白』のトリで歌った「孤独な詩人」

どんとがハワイで急逝したのは2000年の1月28日、まだ37歳という若さであった。 訃報を聞いた忌野清志郎はレギュラーで書いていた雑誌に、こんな追悼文を寄せてい…

季節(いま)の歌

秋の歌〜甲州街道はもう秋なのさ 後編

もうすっかり秋ですね。 今回の<季節(いま)の歌>は、前編に引き続きRCサクセションの名曲「甲州街道はもう秋なのさ」を聴きながら、アルバム『シングル・マン』の発…

Extra便

アメリカで大ヒットした「上を向いて歩こう」に付けられたタイトル「SUKIYAKI」の由来について

日本から世界へと言葉の壁を超えて届けられた最初の歌が、1963年に全米1位のヒットを記録した坂本九の「上を向いて歩こう」だったことは良く知られている。 だが19…

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