元ニルヴァーナのデイヴ・グロールを中心とするロックバンド、フー・ファイターズが2014年の11月にリリースした8枚目のアルバム『ソニック・ハイウェイズ』。
この作品はアメリカの8都市をテーマに、各都市で1曲ずつレコーディングするというコンセプトで作られており、アルバムの1曲目を飾る「サムシング・フロム・ナッシング」はシカゴで制作された楽曲だ。
そのアルバム・リリースに先駆けて、フー・ファイターズがシカゴでライヴをしたのは10月17日のこと。会場となったのは、カビー・ベアーという収容人数4~500人程度のクラブで、バンドの人気と集客力を考えればあまりにも小さすぎた。
だがデイヴには、どうしてもカビー・ベアーでライヴをしたい理由があった。そこは、デイヴが13歳のときに初めて生のライヴを観た場所であり、人生が変わった場所だったのだ。
1969年1月14日生まれのデイヴ・グロールはオハイオ州の出身だが、幼い頃に家族とともにバージニア州へと引っ越している。ところが7歳のときに両親が離婚してしまい、それからは母親のもとで育てられた。
デイヴがギターを弾き始めたのは12歳のときだ。その頃に練習していたのはザ・フーやレッド・ツェッペリン、ローリング・ストーンズ、ビートルズといった60~70年代のブリティッシュ・ロックが中心だった。
そんなデイヴが、家族とともにシカゴで暮らす親戚の家へと出掛けたのは、1982年の夏のことだ(注:1983年だったという説もある)。親戚の家にはトレーシーという年上の従姉妹がいた。パンクロックに夢中だったトレーシーは、頭を剃り、パンクTシャツにボンテージパンツというパンクロッカーさながらの装いで、それを見たデイヴは衝撃を受けた。
「トレーシーは俺にとって最初のヒーローだった」(2013年SXSWの基調講演にて)
トレーシーはデイヴに様々なパンクのレコードを聴かせ、「今夜観に行きたいショウがあるの」とデイヴをライヴに誘う。そうしてトレーシーに連れてこられたのが前述したクラブ、カビー・ベアーだった。
「半分も埋まっていないそのクラブで、俺のロックンロールは始まったんだ」(2011年NPR紙にて)
この日、ステージに上がったのはネイキッド・レイガンというバンドだった。パンクからハードコアへと時代が移ろうとしていた80年代前半に、地元シカゴで人気を集めていたバンドで、商業的な成功を収めるには至らなかったが、デイヴにとっては最も敬意を払うべきバンドとなった。
「彼らの信じ難いようなステージに卒倒してしまったよ。汗と血とツバが目の前にまで飛んできてるみたいでさ」
この体験を境にしてデイヴが聴く音楽は一変し、その後のハードコアやグランジといったシーンに身を投じていったのである。
フー・ファイターズといえばファンとの交流が有名で、ステージ上にファンを上げてのやり取りや、ステージ裏でのファンの交流などが度々話題となっているが、デイヴ・グロールが理想とするファンとの距離感は、おそらく初めてライヴを観た瞬間に決定づけられたのだろう。
そしてそのライヴから30年以上の時を経て、デイヴ・グロールはフー・ファイターズとして同じステージに立ったのである。
ライヴの後半でネイキッド・レイガンのボーカル、ジェフ・ペザーティをステージに招き、デイヴが最初に手に入れた彼らのシングル「サーフ・コンバット」を一緒に演奏した。
この日、デイヴは「俺の人生の中でも今夜は特に妙な気分だ」と度々口にしている。
※「サーフ・コンバット」は1時間45分あたりから
ソニック・ハイウェイズ/フー・ファイターズ
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