「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

TAP the POP

新着

TAP the DAY

ジョン・レノンにも重なる加藤和彦の生と死、ミュージシャンの悲劇から現代人に警鐘を鳴らす北山修

2009年10月16日に加藤和彦が亡くなったニュースを知ってしばらくして、朋友の北山修が書いた追悼の文章を読んだとき、無念の思いとともに静かな怒りのようなものが…

Extra便

加藤和彦の「家をつくるなら」を今、こんな時代に聴いてみると

1970年の夏。日本のミュージシャンたちとともに、『ヤング・ジャパン国際親善旅行』に参加し、カナダの教会でミカと挙式した加藤和彦は、帰国すると2枚目のソロ・アル…

TAP the STORY

加藤和彦との結婚、そしてサディスティック・ミカ・バンドの誕生

京都の平安女学院に通っていた福井光子(ミカ)が、加藤和彦と出会ったのは高校2年生、17歳の秋のことだ。 龍谷大学の学生だった加藤はザ・フォーク・クルセダーズのメ…

TAP the SONG

加藤和彦が「ミカと結婚するから、その祝いに作ったことにしよう」と言った歌~「あの素晴しい愛をもう一度」

ザ・フォーク・クルセダース時代からパートナーを組んでいた、加藤和彦と北山修(きたやまおさむ)。この二人のソングライターが作った歌の中で、もっとも知られる代表曲が…

TAP the DAY

イギリスでも注目されていた日本のロック、サディスティック・ミカ・バンドの全英ツアー

1968年10月のザ・フォーク・クルセダーズ解散後、69年のソロ・アルバム『ぼくのそばにおいでよ』に続いて、71年の10月に『スーパー・ガス』を出した頃から、加…

TAP the SONG

1970年に北米をツアーで回った加藤和彦の体験から生まれた「あの素晴しい愛をもう一度」

1年間だけという約束でメジャー・デビューしたザ・フォーク・クルセダースは、約束通りデビューから1年後の1968年10月に解散した。 そして、北山修は京都で医学生…

TAP the CHANGE

日本で最も早くからボブ・ディランをコピーして歌っていた加藤和彦

1960年代後半にフォーク・クルセダーズのメンバーとしてブレイクを果たし、70年代にはサディスティック・ミカ・バンドを結成。その長いキャリアの中で、「帰って来た…

TAP the DAY

追悼・加藤和彦~1968年10月17日のフォークル解散コンサートと幻のアルバム『児雷也』

ザ・フォーク・クルセダーズが大阪フェスティバルホールでの公演と、日本テレビ系『11PM』に出演したのを最後に解散したのは、1968年10月17日のことだ。 彼ら…

悲しくてやりきれない

TAP the SONG

「イムジン河」のかわりに加藤和彦が作った「悲しくてやりきれない」の奥深さ

ザ・フォーク・クルセダーズの「イムジン河」は、シングル盤が発売される前日、東芝レコードの判断によって発売中止が決まった。 レコードは店頭に並ぶことなく回収されて…

TAP the SONG

発売中止になったフォークルの「イムジン河」は国境を越え、時間を超えて日本人の歌になった

1967年のクリスマスにレコードが発売されたシングル盤の「帰って来たヨッパライ」が驚異的なヒットを記録し、京都のアマチュアだったザ・フォーク・クルセダーズは日本…

Extra便

「帰ってきたヨッパライ」という”変な歌”で登場したザ・フォーク・クルセダーズ

1960年代の後半から70年代にかけて、ラジオは若者たちにサブカルチャーを発見して紹介する役割を果たした。テレビは一家に一台くらいまで普及していたが、音楽に興味…

Extra便

東京から来たミュータント~きたやまおさむが出会った頃の加藤和彦

ザ・フォーク・クルセダーズの加藤和彦が、当時は誰も思いつかなかったようなナンセンスでコミカルな歌「帰って来たヨッパライ」をつくったことによって、200万枚を軽く…

Album Sweet で体験する

この記事から — Album Sweet でアーティストとアルバムをもっと楽しもう

Pagetop ↑

トップページへ