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TAP the POP

石浦 由高

1959年神奈川県横浜市生まれ。ライター/エディター。
アメリカに遊学、「Writing(執筆学)」を修める。長年、音楽と暮らす内、時代ととも生まれた歌詞の意味を読み解くことに、尽きせぬ楽しさを覚えるという。ワイン好き。

石浦 由高 が最近聴いてるアルバム

石浦 由高 の記事一覧

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都会よりも「スモール・タウン」での暮らしに価値を見出したジョン・メレンキャンプ

1991年10月17日。ジョン・メレンキャンプはシアトルでのラジオに出演中、気を失い、病院に搬送された。珈琲の飲み過ぎ、煙草の吸い過ぎ、朝食抜きの生活、そしてス…

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トム・ペティの名曲「レフュジー」はいかにして生まれたのか

トム・ペティは1950年10月20日、フロリダ州ゲインズビルで生まれた。ゲインズビルは、ナショナル・グラフィック誌が「最も住みやすく遊べる都市」と評価したように…

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家を放火されたトム・ペティのもとに舞い降りた歌

「アイ・ウォント・バック・ダウン」のイメージが沸き上がってきたのは、トム・ペティがホテルから借家へと車を走らせていた時だった。 ♪俺は後ろを向きはしない 引き下…

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「イングリッシュマン・イン・ニューヨーク」のビデオ・クリップに映っているもうひとりの異邦人

スティングは、初めてニューヨークで暮らすようになった頃のことをこう振り返っている。 「私はよく、土曜日の朝早く、イギリスから衛星中継されるサッカーの試合を観に、…

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「ミー・アンド・ボビー・マギー」を書いたクリス・クリストファーソンが感じた自由

1970年10月4日。 約束の時間になっても、ジャニス・ジョップリンはスタジオに姿を現さなかった。レコーディングに遅れることなど、これまでのジャニスなら、ありえ…

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ブルースが「川」を舞台に描いたアメリカ社会の暗い影

♪俺は、谷間の出身だ♪ 1979年、ノー・ニュークス・コンサートに出演したブルース・スプリングスティーンは、見知らぬ曲を静かに歌い出した。それまでの熱いライブに…

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個人の意思から神の意思へと昇華した「ウィー・シャル・オーヴァーカム」

2006年4月25日、ブルース・スプリングスティーンは『ウィー・シャル・オーヴァーカム:ザ・シーガー・セッション』をリリースした。フォーク界の伝説、ピート・シー…

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ブルース・スプリングスティーンが探し求めたトム・ジョードの亡霊

ブルース・スプリングスティーンが1995年に発表した「The Ghost of Tom Joad」(トム・ジョードの亡霊)。トム・ジョードは、20世紀のアメリカ…

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外は雨、猛吹雪。もう外へは出たくない 30年前のスプリングスティーンの叫び声が日本を直撃する

ブルース・スプリングスティーンがこの曲を書いたのは1981年のこと。後に大統領再選にブルースの曲を使おうとしたロナルド・レーガンが大統領になった年である。 ♪死…

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「クルマ」が人の夢を壊す時。

♪妹はアイスクリーム・コーンを手にフロントシート 母さんはひとりでバックシート 父さんはゆっくりとハンドルを切って ミシガン・アベニューへの試運転へと車を動かす…

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選挙を前に、ブルースの「アトランティック・シティ」を聞き直す

♪フィリーのチキンマンが爆死した♪ ブルース・スプリングスティーンが1982年に発表したアルバム、「ネブラスカ」に収録されている「アトランティック・シティ」は、…

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ロナルド・レーガンの言葉に対するブルース・スプリングスティーンの返答

ブルース・スプリングスティーンが1984年に発表した『ボーン・イン・ザ・U.S.A』は、政界を巻き込んで大きな論争に発展することとなった。 事の起こりは、人気コ…

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