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スザンヌ・ヴェガの「トムズ・ダイナー」の舞台となったマンハッタンの<トムズ・レストラン>

2024.07.13

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スザンヌ・ヴェガ。1959年7月11日生まれの彼女は2019年に還暦を迎えた。今回は様々なアーティストにリミックスされた彼女の代表曲のひとつ、「トムズ・ダイナー」を取り上げたいと思う。

デビューしたばかりの彼女がステージに立つと、ギルド製のアコースティック・ギターは、華奢な彼女には不釣り合いなほど、大きく見えた。街角ですれ違っても気がつかないような、どこにでもいるような、ナイーブな女性。それが彼女のイメージだった。

小さな頃から、ひとりでいることが多かったのだと、スザンヌは言った。ギターは数少ない友達だった。どんな歌を歌っていたのかと聞くと、

「スザンヌ…」と、はにかんだように答えた。自分と同じ名前の、レナード・コーエンの曲。

デビュー・アルバムは、内省的な歌が多かった。壁に飾られたマレーネ・デートリッヒのポスターに語り掛ける「マレーネの肖像」は、そのまま彼女が暮らしていた部屋の描写だった。


だが、セカンド・アルバムを発売する頃には、スザンヌ・ヴェガは化粧もうまくなり、少しだけ、垢ぬけた印象を与えるようになった。

アコースティック・ギターが前面に押し出されたデビュー・アルバムと比較すると、バンド・サウンドが強調されていた。だが、そんな中で、1曲だけ、異質な歌があった。それがアカペラで歌われる「トムズ・ダイナー」である。

「トムズ・ダイナー」は、マンハッタンの朝の風景の中、街角のレストランでコーヒーを飲んでいる女性の視点で語られる歌だ。

私はカウンターで
その男がコーヒーを
注ぐのを待っている


カウンターの男は、コーヒーを半分ほど注いだところで、視線を店に入ってきた女性の方に向けてしまう。「毎度」と、男は言う。女性は傘を振り、雨を切っている。仕方なく、彼女は視線をそらす。そこには朝の挨拶代わりにキスを交わすカップルがいる。彼女は見て見ぬふりをして、半分ほど注がれたコーヒーにミルクを入れる。

スザンヌ・ヴェガが歌の舞台に選んだレストランは、実在している。マンハッタンの112丁目とブロードウェイが交差するところに建つモーニングサイド・ハイツ。その1階に<トムズ・レストラン>はある。

開店して70年となる店は、近くにコロンビア大学などアカデミックな機関が多いことから、若者たちで賑わっている。2018年現在、コーヒーは2ドル75セント。卵ひとつにベーコン(もしくはハム、ソーセージ)の朝食は8ドルで食べられる。

誰かに見られている
そんな気がして
私は頭を上げる

店の外にいるひとりの女性が
中をのぞいている
私のことを見ているのかしら?


だが、歌の主人公は、店の外の女性がただ、窓に映る自分の姿を眺めていたことに気づく。彼女はスカートを引っ張り、ストッキングを直している。彼女の髪が雨に濡れていく。

この雨は
午前中は続くらしいよ
という声の向こうに
私は教会の鐘の音を聞く
そしてあなたの声を
思い出している


短編小説風のこの歌は、彼女がコーヒーを飲み干し、地下鉄に乗るために立ち上がるところで終わる。

時代は変わったが、スザンヌ・ヴェガの歌声は今でも同じように聞くことができるし、街角のレストランが健在なのは、嬉しいことである。

*このコラムは2018年7月に公開されました。

トムズ・レストラン公式サイト(英語)



Suzanne Vega『Solitude Standing』
A&M Records

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