TAP the DAY
日本の戦後ジャズブームが終息したところにロックンロールが爆発した「日劇ウェスタンカーニバル」
1950年6月25日に勃発した朝鮮戦争において、日本は朝鮮半島に出兵する国連軍(アメリカ軍)の補給物資を全面的にまかない、破損した戦車や戦闘機の修理から戦死した…
1952年岩手県盛岡市生まれ、仙台市育ち。音楽プロデューサー/作家。
音楽業界誌『ミュージック・ラボ』を経て、1977年から86年の解散まで甲斐バンドのマネージメントを行う。
その後にTHE BOOM、プライベーツ、宮沢和史、喜納昌吉とチャンプルーズ、ヒートウェイヴ、中村一義、有里知花、スーパーバタードッグ、ハナレグミ、小野リサ、由紀さおり、マルシアなどをプロデュース。
舞台「久世光彦 マイ・ラスト・ソング~あなたは最後に何を聞きたいか~」、「Sing with TORIRO 三木鶏郎と異才たち」、美空ひばり二十三回忌イベント「HIBARI 7 DAYS」などのプロデュースと演出を手がける。
著書はノンフィクション『上を向いて歩こう』(岩波書店/小学館文庫)『黄昏のビギンの物語』(小学館新書)、『美輪明宏と「ヨイトマケの唄」 天才たちはいかにして出会ったのか』(文藝春秋)、最新作は『ウェルカム!ビートルズ』(リットーミュージック)。
Romancer Cafe にて『阿久悠と歌謡曲の時代』を連載。 https://romancer.voyager.co.jp/cafe
2023年6月20日死去。享年71。

TAP the DAY
1950年6月25日に勃発した朝鮮戦争において、日本は朝鮮半島に出兵する国連軍(アメリカ軍)の補給物資を全面的にまかない、破損した戦車や戦闘機の修理から戦死した…

Extra便
日本にロックンロールが上陸したのは、映画『暴力教室』が公開された1955年8月21日と言っていいだろう。非行化防止のために青少年に観覧させないようにと、当時の文…

TAP the SONG
「難破船」は加藤登紀子が1984年12月1日にリリースしたアルバム『最後のダンスパーティー』の収録曲で、発表当時はアナログ盤のA面2曲目であった。 40歳を迎え…

Extra便
1937年1月30日に長野県で生まれた常田富士男は、6歳のときに父親を戦争でなくした。それから各地を転々とした後、小学3年時より母の郷里となる熊本県阿蘇郡南小国…

Extra便
日本のロック伝説のひとつとして今なお語り草になっているのが、雷鳴が轟く豪雨の後楽園球場で行なわれたグランド・ファンク・レイルロードのライブである。 それは197…

TAP the BOOK
映画界にデビューして大スターになる前から、石原裕次郎は“クールジャズの象徴”と言われたトランペット奏者、チェット・ベイカーを愛聴していた。 日本では発売されてい…

TAP the SONG
1966年に山中湖畔のゴルフ場で、作曲家の浜口庫之助が石原裕次郎と会ったのは、まったく偶然のことだった。 浜口はその日、山梨県警の本部長と公正取引き委員会の知人…

TAP the SONG
松本隆トリビュートアルバム『風待ちであひませう』を手にして、制作に携わった人たちの思いが伝わってくるブックレットのなかで、詩人の最果タヒさんが書いた素敵な文章に…

TAP the SONG
松本隆は1985年の11月から12月にかけて、朝日新聞の夕刊で週1回『新友旧交』というコラムを8週にわたって書いていた。 そのときに「待ってくれた大滝」と題して…

TAP the SONG
立教の学生だった細野晴臣の家に、慶應に通う松本隆が来て、ロックに日本語は乗るのだろうかと、アルバム『ジャックスの世界』などを参考にしながら、勉強会に取り組んでい…

TAP the SONG
1973年9月21日、東京・文京公会堂で開かれたはっぴいえんどの解散コンサートが終わって、ライブ音源をレコードにするためにミックスしていたスタジオで、アンコール…

TAP the STORY
松本隆がプロのミュージシャンとして音楽活動を始めたのは1969年の2月、細野晴臣に誘われてグループサウンズの「ザ・フローラル」にドラマーとして加入した時からであ…
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