TAP the SONG
愚か者であることが許されない時代~ローリング・ストーンズの「愚か者の涙」と萩原健一の「愚か者よ」
映画評論家でアメリカ在住の町山智浩氏が4月2日、TBSラジオ『たまむすび』に出演して亡くなった萩原健一について語っていた。そのときの発言の内容に、「まったくその…
1952年岩手県盛岡市生まれ、仙台市育ち。音楽プロデューサー/作家。
音楽業界誌『ミュージック・ラボ』を経て、1977年から86年の解散まで甲斐バンドのマネージメントを行う。
その後にTHE BOOM、プライベーツ、宮沢和史、喜納昌吉とチャンプルーズ、ヒートウェイヴ、中村一義、有里知花、スーパーバタードッグ、ハナレグミ、小野リサ、由紀さおり、マルシアなどをプロデュース。
舞台「久世光彦 マイ・ラスト・ソング~あなたは最後に何を聞きたいか~」、「Sing with TORIRO 三木鶏郎と異才たち」、美空ひばり二十三回忌イベント「HIBARI 7 DAYS」などのプロデュースと演出を手がける。
著書はノンフィクション『上を向いて歩こう』(岩波書店/小学館文庫)『黄昏のビギンの物語』(小学館新書)、『美輪明宏と「ヨイトマケの唄」 天才たちはいかにして出会ったのか』(文藝春秋)、最新作は『ウェルカム!ビートルズ』(リットーミュージック)。
Romancer Cafe にて『阿久悠と歌謡曲の時代』を連載。 https://romancer.voyager.co.jp/cafe
2023年6月20日死去。享年71。

TAP the SONG
映画評論家でアメリカ在住の町山智浩氏が4月2日、TBSラジオ『たまむすび』に出演して亡くなった萩原健一について語っていた。そのときの発言の内容に、「まったくその…

TAP the SONG
エルトン・ジョンにとって初めて全米1位を記録したアルバムは、1972年の『ホンキー・シャトー』だった。そこから1975年の『ロック・オブ・ザ・ウェスティーズ』ま…

TAP the SONG
1967年6月27日、ロンドンのリバティ・レコーズのスタジオでは、<有能なタレントとソングライターを求む>という広告に応募してきた20歳のレジ・ドゥワイトが、ピ…

TAP the SONG
GSのザ・タイガースがリリースしたシングル盤のうち、最も多く売れたのは、1968年に発売された「銀河のロマンス/花の首飾り」だ。 当初はB面曲の扱いだった「花の…

TAP the SONG
伝説のオーディション番組『スター誕生!』(日本テレビ系)に出場した石野真子は高得点で合格、1978年3月25日に「狼なんか怖くない」でデビューすることになった。…

TAP the SONG
女優の梶芽衣子が歌って代表曲となった「怨み節」は、1972年に製作された映画『女囚701号 さそり』の劇中歌としてつくられた。しかし、8月25日に映画が公開され…

TAP the SONG
サンフランシスコでクラッシュのジョー・ストラマーにカーリーン・カーターを紹介した翌年、ニック・ロウは彼女と結婚することになった。 ニックは1979年当時、ロック…

TAP the SONG
BEGINは、沖縄県石垣島出身の幼馴染みの同級生が組んだバンドで、東京で結成された当初はロックを演奏していた。それから1989年にTBS系のオーディション番組「…

Extra便
大瀧詠一が自らを「三木卵郎」と名乗っていたのは、1977年にサイダー・シリーズを柱とするCMソングでまとめた異色のアルバム、『ナイアガラCMスペシャルVol.1…

TAP the SONG
大瀧詠一が自ら、「大瀧ポップスの最初の完成品です」と自信を持って宣言する作品が誕生したのは、オン・アソシエイツのプロデューサー、大森昭男と知り合ってからちょうど…

Extra便
CM音楽のプロデューサーとして、1970年代の音楽シーンに新風を吹き込んだ大森昭男は、日本におけるコマーシャルソングの祖といわれる三木鶏郎の門下生で、1960年…

Extra便
大瀧詠一は、1972年の11月に初のソロ・アルバム「大瀧詠一」を出したものの、73年と74年は自分のアルバムを1枚も出さず、いわば雌伏の期間を過ごしながらナイア…

