ザ・バンドの「ザ・ウェイト(The Weight)」は1969年に発表された当時から、歌詞が難解だという声が多く、言わんとすることがよくわからないとも言われてきた。
それは「ナザレス」とか「モーゼス」とか、あるいは「ルカ」といったキリスト教にまつわるような固有名詞が、歌詞の中に散らばっていたからだった。
たしかに歌いだしの1行目から、早くも「♫ I pulled into Nazareth」と始まっている。
この「ナザレス」という地名については、イエス・キリストの育った町が「ナザレ」であるということから、アメリカでは歌詞の解釈をめぐる論争が長くあったそうだ。
そして時代を超えるような深遠なサウンドと相まって、ナザレスという町にやってきた男と、その町の人々とのやりとりにはどれほど深い意味が込められているのか、と思わせたのは無理もないだろう。
この曲は日本語訳についても、微妙に異なる解釈がさまざまに存在している。
しかし作者であるロビー・ロバートソンは、この曲を1967年に書きあげたときのことを、「ロビー・ロバートソン自伝 ザ・バンドの青春(TESTIMONY)」の295ページで、以下のように記述していた。
ラーセン通りの家で、ぼくはペンと法律用箋、サウンドホールの内側のラベルに”ペンシルヴェニア州ナザレス”と記されたマーティンのD-28ギター、それに小型のタイプライターを用意して、二階のベッドルームの向かいにある作業室に閉じこもった。
深い意味を持っていると思わせたナザレスは、彼が愛用していたマーティンのD-28ギターの内側に張られた、ラベルに書いてあった文字からのいただきだった。
つまり、ペンシルバニア州のナザレ市にあるマーティンの本社と工場の住所から名前を借りて、物語の冒頭に用いたということなのである。
だからロビー・ロバートソンは自伝以外でも、「みんないろいろと考えすぎだよ。この曲に深い意味なんてない」と以前から語っていた。
しかしながら、そんなに単純な話でもない。
ロビー・ロバートソンは16歳の時に生まれ育ったカナダのトロントを出発して、初めてのひとり旅で汽車に乗って南部まで行った。アーカンソー州を本拠にしていたロニー・ホーキンスのバンドに入って、プロのギタリストとしてやっていくためだ。
その時の旅で体験したさまざまな思い出や、南部で出会った人々のことを考えながら、それを映画監督のルイス・ブニュエルっぽいシュールな設定に置き換えて、物語られるにふさわしい伝説や寓話を感じさせる歌詞にした。
それが「ザ・ウェイト」だった。
『ビリディアナ』のようなブニュエル作品を観て、特に印象的だったテーマのひとつに、聖人でいることの不可能性があるーーどんな善行も、罰を逃れることはできないのだ。
歌詞の奥には思い出とともに、人生の神秘がひそりと横たわっていたのである。
その晩のうちに「ザ・ウェイト」を書き上げたロビー・ロバートソンは、メンバーのリヴォン・ヘルムならば「この曲を死ぬほど上手く歌えるはずだ」と思ったとも述べていた。
そこでライブでもレコーディングでも、リヴォン・ヘルムをリード・ヴォーカルにして、リック・ダンコとリチャード・マニュエルにまわしていくパートを用意した。
ちなみにリヴォン・ヘルムも自伝「ザ・バンド 軌跡」で、歌詞の意味はよくわからないまま歌っていたと語っている。
なお、ザ・バンドは1976年に解散後に、ロビーロバートソンを除いたメンバーで再結成している。
また、ラストコンサートの模様を収めた伝説的な映画『The Last Waltz(ラスト・ワルツ)』にも、当然だが「ザ・ウェイト」は収録されている。
ちなみに『ラスト・ワルツ』の監督はマーティン・スコセッシで、ロビー・ロバートソンは最もロックに理解がある映画監督と称賛している。
●この商品の購入はこちらから
●Amazon Music Unlimitedへの登録はこちらから
●AmazonPrimeVideoチャンネルへの登録はこちらから