1966年7月。ニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジにあったライブ・ハウス「ワー」に、チャス・チャンドラーがやってきたのには理由があった。
キース・リチャーズのガール・フレンドだったリンダ・キースから聞いた噂を、その目と耳で確かめるためである。アニマルズのベーシストだったチャスに、彼女は「信じられないくらいすごいギタリストがいる」と言ったのである。
アイク&ティナ・ターナー、アイズレー・ブラザーズなど数々のミュージシャンのバックでギターを弾いてきたジミ・ヘンドリックスは、その夜、ジミー・ジェイムス&ザ・ブルーフレイムスのギタリストとして「ワー」のステージに立っていた。
そしてバンドが「ヘイ・ジョー」を演奏した時、チャスはジミの才能を確信する。その瞬間、チャス・チャンドラーはアーティストであることより、ジミ・ヘンドリックスという天才のマネージャーとなることを決断したのである。
この時、バンドが演奏した「ヘイ・ジョー」は、後にジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスのデビュー・シングルとなるのだが、この曲を演奏するよう、ジミー・ジェイムスにレコメンドしたのは、ジミ自身であった。
「ヘイ・ジョー」の著作権が登録されたのは、1962年のことである。登録者はグリニッチ・ビレッジのミュージシャンだったビリー・ロバーツ。彼女の浮気を知った男が、彼女を殺してメキシコへ逃げるといった内容のこのマーダー・バラッドを、ビリー・ロバーツ自身は録音した記録がない。
だが、様々なミュージシャンに歌い継がれていたようで、ジミが「ワー」で演奏していた1966年には、いくつものバージョンがレコーディングされていた。
ひとつは、ロサンジェルスのバンド、リーブス。リーブスのボーカルは、後にタートルズのメンバーとなるジム・ポンズであった。その他にも、アーサー・リー率いるラブ、バーズなどもこの曲を取り上げている。
そして、ジミが影響を受けたのではないか、と言われているのが、グリニッチ・ビレッジのシンガーだったティム・ローズの歌ったスロー・バージョンである。ティムのバージョンがもしかしたら、一番作者であるビリー・ロバーツの元歌に近いのかも知れない。

ディープ・パープル(1967年)
キング・カーチス(1968年)
ロイ・ブキャナン(1973年)
パティ・スミス(1974年)
ソフト・セル(1983年)
ニック・ケイブ&バッドシーズ(1986年)
ロバード・プラント(2002年)
だが、チャスが衝撃を受けたように、ジミのギターはやはり抜けているように感じるのである。


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