1994年の9月下旬、オアシスは母国イギリスを離れ、初の全米ツアーでアメリカ中を回っていた。
デビュー・アルバム『オアシス』(原題: Definitely Maybe)がリリースされたのは約1ヶ月前の8月末。全英チャートで初登場1位を獲得してイギリスで大きな話題となっていたが、バンドはすでに次の目標に向けて動いていた。彼らはオアシスが世界一のロックバンドであることを証明するため、アメリカ、ヨーロッパ、日本などを忙しく飛び回っていたのだ。
このときノエル・ギャラガーは27歳。ロックの世界においては何人ものミュージシャンが亡くなっていることから、あまり縁起がよいとはいえない年齢だが、ノエルにとっては人生が終わるどころか、まさにこれからというところだった。
事件が起きたのは9月29日。この日は、ロサンゼルスの歴史あるナイトクラブ、ウィスキー・ア・ゴー・ゴーで公演だった。
イギリスで噂の新人がどんなものなのかひと目見てみようと、会場には多くの人たちが足を運んでいた。その中にはノエルが敬愛するビートルズの元メンバー、リンゴ・スターの姿もあったという。
ところがこの日の彼らの演奏はひどい有様だった。その原因のひとつは、クリスタル・メスと呼ばれる強力な覚せい剤にあった。中毒性が特に高いことで知られるこの覚せい剤をアメリカで入手したリアムは、事もあろうに本番中に使用していたのだ。
最後の曲が終わって楽屋に戻ると、ノエルは怒りを爆発させた。
「お前らが持っているものをすべて出せないんだったら、俺はやりたくない。遊び回りたいなら、バンドが終ってからにしろ」
翌日、メンバーが泊まっていたホテルにノエルの姿はなかった。メンバーもスタッフもすぐにノエルを探したが、どこを探しても見つからなかった。
途方に暮れているとイギリスにいるはずのスタッフ、ティム・アボットが慌てた様子でやって来た。なんでも深夜にノエルから電話がかかってきて、謝罪とともにバンド脱退の意思を伝えられたのだという。
「もうやめだ。バンドはおしまいさ。いやなやつらばっかりそろいもそろってやがる。俺はこんなバンドはもうごめんだよ」
ノエルの言葉に深刻さを感じたアボットは、急いで飛行機に乗りオアシスのもとへやってきたのだ。ここにきてバンドとスタッフは、オアシスが解散の危機にあることを感じ始めるのだった。
その頃、ノエルはサンフランシスコにいた。サンフランシスコで公演したときに知り合った女性の家に居候していたのだ。
バンドを脱退しようとしていることをノエルが伝えると、その女性はノエルを落ち着かせようと、幼い頃に遊んでいたという近所の公園に連れて行ってくれた。それから2人はストロベリー・レモネードを片手にショッピングをしたり、家でレコードを聴いたりしながら日々を過ごした。
数日後、ノエルの行方を探していたアボットが、彼女の家に電話をしてきた。ノエルが泊まっていたホテルの部屋の請求書を調べて、その電話番号を見つけたのだ。ノエルと会って2人で話がしたいとアボットが伝えると、ノエルはそれに了承した。
ノエルとの再会を果たしたアボットは、ラスベガスに行ってみないかとノエルに持ちかけた。そこならノエルも気分転換できるだろうし、誰にも邪魔されずに2人で話ができるだろうと考えたのだ。カジノで楽しもうという誘いにノエルも乗り気になり、ノエルは彼女に別れを告げるとラスベガスへと向かうのだった。
ラスベガスのカジノで、酒を飲みながらショウが始まるのを待っていると、40代くらいの女性がノエルたちのもとに近づいてきた。
「ちょっと失礼、あなたは本当にジョージ・ハリスンのイメージとダブるわね」
女性は今しがた結婚したばかりだそうで、夫を紹介するとともに結婚の誓約書も見せてきた。
「でもジョージ・ハリスンとだったら、誓いを破って浮気してもいいわ。それにしても、あなたは本当にジョージに似てるわね」
婦人はビートルズの大ファンで、レコードは欠かさず購入し、コンサートにも何度も足を運んだという。ノエルもビートルズを敬愛していたこともあって2人の話は弾んだ。
「あなたのお仕事は?」
「偶然だけど、俺もバンドをやっているんだ。だけど、今はやめちゃったようなもんなんだ」
別れ際に連絡先を交換すると、もしフィラデルフィアで演奏することがあれば連絡してほしいと婦人は告げた。その場に居合わせたにアボットによれば、この予期せぬ会話がノエルの心境に大きな変化をもたらしたという。
「ビートルズや、ビートルズの音楽を愛する気持ちを、世界中の人々と分かち合うことができる。彼にはそれをするための能力があるってことに気がついたんだ」
アボットがメンバーのいるスタジオのもとに戻ってみないかと提案すると、ノエルは「考えておくよ」と返答した。そして翌日、ノエルとアボットは飛行機でスタジオに向かい、メンバーとの和解を果たすのだった。
ノエルはこのサンフランシスコとラスベガスでの日々の最中に、曲を書いている。それが「トーク・トゥナイト」、ノエルがお気に入りだという曲のひとつだ。
君の夢はどれも全部
ストロベリー・レモネード製
君は食事に気を遣ってくれるし
幼い頃に遊んでいた場所にも
連れて行ってくれる
歌の中では、サンフランシスコでの日々が描かれており、この歌に出てくる「君」のモデルはサンフランシスコで日々を過ごした女性と考えられている。
また、歌詞全体で見れば、カジノで出会った女性も影響しているんじゃないかという説もある。いずれにせよ、出会ったばかりの人たちとのほんのわずかな時間の中で、ノエルの気持ちが大きく救われたことをこの歌は証明している。
一晩中語り明かしたいんだ
朝の光が訪れるまで
俺の人生がどんなに救われたかについて
(君が俺の人生を救ってくれたんだ)
参考文献:
『オアシス・ヒストリーブック「テイク・ミィ・ゼア」』ポール・メイサー著/前むつみ訳(音楽専科社)
『オアシス~ゲッティング・ハイ』パオロ・ヒューイット著/岡田まゆみ訳(リットーミュージック)
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