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酒と泪と男と女〜“孤高の音楽家”河島英五という生き方

昭和を代表する名曲の一つ「酒と泪と男と女」は、1975年にリリースされた河島英五とホモ・サピエンスのデビューアルバム『人類』に収録されたのが初出。作詞作曲は河島英五。翌1976年には河島英五のソロ名義でシングルリリースされ、オリコン週間ランキング9位のヒットを記録した。


──1952年、大阪府東大阪市で生まれた河島英五。1969年、17歳の頃からフォークソングを歌い始める。大阪府立花園高校を卒業後、ホモ・サピエンスというグループで本格的に音楽活動をスタートさせる。

そのスタイルは“支離滅裂派フォーク”とも呼ばれ、あのねのねらと活動を共にした時期もあった。また、その風貌と歌唱スタイルから「吉田拓郎の再来」などと騒がれていたという。1973年、21歳でホモ・サピエンスを解散後、ソロ活動開始させる。

「音楽が好きだから、売れる売れないに関係なく歌い続けたい」


そんな気持ちのまま1975年にソロ名義で再デビューを果たす。翌1976年6月、シングル「酒と泪と男と女」を発表し大きな注目を集める存在となる。

「いきなり売れなくてもいいから、ライブを積み重ねていくことによって少しずつ支持者を増やしていきたい」


しかし、本人の望みに反して一躍“時の人”となる。コンサート会場はどこに行っても満員。行く先々に周りには人だかりができるようになった。普通のアーティストならば「ナンバーワンを目指して!」「次なるヒットを狙って!」となるところだが、河島の場合は違った。独自の活動を望み、それを行動に移したのだ。

まずはインド、アフガニスタン、ペルー、トルコ、ネパール、ケニアなどへと“一人旅”をした。1980年には四国八十八カ所を巡礼しながら“お遍路ライブツアー”を決行。翌1981年には、東北〜北海道への全行程3,000kmにもおよぶ“円空仏(えんくうほとけ)探訪ツアー”をバイクで制覇。

その後も彼は独自の音楽活動を展開し、日本の音楽界において“唯一無二”の世界観を築き上げる。「酒と泪と男と女」のヒットに流されることなく、庶民の暮らしに触れ、音楽を通して喜怒哀楽を共有し合うことにこだわり続けたのだ。

コンサート活動は、大都市だけでなく山間部や僻地でも行い、音楽を通じてファンと交流することに主眼を置いた。あるインタビューで「酒と泪と男と女」がヒットした時期を振り返りながらこんな言葉を残している。

「当時はどうしてあの曲が売れたのか自分でもわからなかった。ところがジプシー・キングスの“Bamboleo”を聴いてやっとわかったんです。洒落てもないし、コード進行も大したものではないんだけど…歌にパワーがあるんですね。同じようにあの楽曲にはある種のパワーが宿っているんです。僕は魂を揺さぶるようなメロディーを書き続けたいんです」


<引用元・参考文献『フォーク名曲事典300曲』/富澤 一誠(ヤマハミュージックメディア)>


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