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ジェリー・ガルシアを偲んで〜ヒッピーのカリスマ的存在として絶大な支持を集めた男の足跡と功績

「俺は多感な思春期にロックンロールの洗礼を受けた。当時大旋風を巻き起こしていたのが、ジェームズ・ディーンとエルヴィス・プレスリーだった。つまりロックンロールの創成期だ。俺はロックンロールの第一世代の影響を受けているんだ。ジェームズ・ディーンは俺にとってとてつもなく大きな存在で、ロックンロールを象徴するヒーローだった」(ジェリー・ガルシア)


1995年8月9日午前4時23分、グレイトフル・デッドの創設メンバーでフロントマンだったジェリー・ガルシア(享年53)が、カリフォルニアの薬物リハビリ施設で死去した。死因は心筋梗塞とされている。

ガルシアは長年に渡る薬物依存症や糖尿病に苦しめられ、1986年(当時44歳)には糖尿病性昏睡で生死の淵をさまよったこともあった。ヒッピーのカリスマ的存在として絶大な支持を集めた彼の葬儀には、ボブ・ディランなどの音楽仲間も含む約25,000人が参列し、遺灰は翌年の4月にガンジス川とサンフランシスコ湾に散骨されたという。


1960年代後半、サンフランシスコを中心にヒッピーやフラワーパワーなどに象徴されるカウンターカルチャーが台頭した時代に、ジェファーソン・エアプレインと共にムーヴメントを牽引したのがグレイトフル・デッドだった。

ジェファーソン・エアプレインがいち早く商業的な成功を収め、オーヴァーグラウンドに影響力を誇っていったのと対照的に、グレイトフル・デッドはジャムバンド界の開拓者として、アンダーグラウンドを舞台に熱狂的なファン(デッドヘッズ)に支持されていた。

著名人のデッドヘッズとしては、第42代アメリカ合衆国大統領ビル・クリントン、元副大統領アル・ゴアと夫人ティッパー・ゴア、スティーブ・ジョブズ、ウォルター・クロンカイト、ナンシー・ペロシ、フランク・マリノ、ヘンリー・ロリンズ、グレッグ・ギン、キース・ヘリング、ウーピー・ゴールドバーグ、ジェフ・ペリー、NBAシカゴ・ブルズ元監督で現ロサンゼルス・レイカーズ監督のフィル・ジャクソン、SF作家のウィリアム・ギブスン、神話学者のジョセフ・キャンベルなど、錚々たる面子が並ぶ。


彼らが活躍した60年代後半とはどんな時代だったのか?

当時のベトナム戦争を背景に、平和と愛の象徴として花で身体を飾っていた若者達が、「フラワー・チルドレン」と呼ばれた。「武器ではなく、花を」をスローガンに掲げた約10万人の若者達が、サンフランシスコのヘイト・アシュベリー周辺に集まり、“サマー・オブ・ラブ”という社会現象を巻き起こしたのだ。

サンフランシスコ以外にも膨大な数のヒッピー達が、ニューヨーク、ロサンゼルス、フィラデルフィア、シアトル、ポートランド、ワシントンD.C.、シカゴ、カナダのモントリオール、トロント、バンクーバーやヨーロッパの各都市に集った。

当時のサンフランシスコは、音楽、ドラッグ、フリーセックス、表現・政治的意思表示の中心地で、ヒッピー革命の本拠地となっていた。

グレイトフル・デッドが拠点としたヘイトアシュベリー(カリフォルニア州サンフランシスコ)は、ヒッピー文化発祥の地とも言われ、現在でもカンターカルチャーの聖地として知られている。

当時、ジェリー・ガルシアはヘイトアシュベリーや音楽の在り方についてこんなことを語っている。

「ひとつの地域に人が集まってきて、お互いに隣近所という感じでやっていただけなんだ。エネルギーとバイタリティーに満ちていて、人々の現実や生活に語りかけてくるような音楽は本当に効果があるんだ」



グレイトフル・デッドは30年間にわたる活動の中で20枚を越えるアルバムを制作し、驚異的な規模・回数のコンサートツアーを行ってきた。

結成された1965年からガルシアが亡くなる1995年まで、ほぼ毎年行われたツアーは「エンドレス・ツアー」と呼ばれ、総公演数は2,314回という記録が残っている。その公演内容は平均2時間越えるもので、長ければ7~8時間にも及んだという。

彼らにセットリストはなく、ライブが始まって音を出しながら曲を探っていくという即興性の高いステージだった。毎回のライブが再現不能の唯一無二の体験であることが支持され、年間の観客動員数は常にベスト10にランクインしていた。

バンド名のGrateful Dead(グレイトフル・デッド)の定義は、「慈善行為として死者を埋葬した者に対しての謝意を示す死者(天使)」ということだ。

日本に直訳すると「尊厳死」を意味するバンド名や、骸骨や薔薇といった強烈なアイコンを使ったことにより、サイケデリックなイメージが先行していた彼らだったが、その存在は音楽のみならず、生き方や精神性にまで深く受け継がれるものとなった。

1972年に出版された著書『Garcia: A Signpost to New Space(自分の生き方をさがしている人のために)』の序文では、チャールズ・ライク(法律家/社会科学者)がこんな言葉を綴っている。

「今のアメリカの中にある新しいもの、変化しつつあるもの、反逆の最中にあるものなど、すべての象徴になりうるもの、それがジェリー・ガルシアという人だ。そのライフストーリーを聞いてみると、彼は昔ながらの“アメリカの夢”の具現でもある。音楽家だったスペイン系の父親のあとを継いで音楽をやり、貧しい中から身を起こし、まだ若いうちに自分の音楽で広く認められ、太平洋を見下ろす崖の上に家が持てるまでになったのだから」



<引用元・参考文献『自分の生き方をさがしている人のために』ジェリー ガルシア(著)チャールズ ライク(著)片岡義男(翻訳)/草思社>


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