TAP the POP

日本人なら誰もが知ってる曲、「別れのワルツ」は知られざるロングセラー

たくさんの商業施設や公共施設において、閉店や閉館を知らせる音楽に「蛍の光」がBGMで流れてくる、そう思っている人は多い。

確かにピアノ演奏から始まるその曲が流れると、あたりは急に閉店の空気となり、「本日はご来店ありがとうございました」とアナウンスが入れば、人は自動的に帰路につくのは、すでに当たり前の光景となっている。

しかし、4分の3拍子のワルツに編曲されたその曲は、唱歌として歌い継がれてきた「蛍の光」とメロディは共通でも、厳密に言えば別の曲である。

1940年に公開されたアメリカ映画『哀愁』は、メロドラマの古典的な名作。「別れのワルツ」は、そのテーマ曲のひとつとして作られたインストゥルメンタル・ナンバーだった。原曲となったのがスコットランドの伝承歌として有名な「オールド・ラング・サイン」で、これが「蛍の光」と共通している。

第一次世界大戦下のイギリスを舞台とした映画の原題は、『WATERLOO BRIDGE(ウォータールー・ブリッジ』。ロンドンのテムズ川に架かる大橋のことで、主人公となる若き軍人のクローニン大尉と、バレエの踊り子マイラーが出会った場所であり、最後にマイラーが生命を落とす場所でもある。

スコットランド出身の貴族と身分違いの踊り子との恋には、初めからどこかに不安がまとわりついている。それを上手に表すのが、全編に流れるスコットランド民謡「オールド・ラング・サイン」だ。

「オールド・ラング・サイン」は、旧友と思い出話をしながら、酒を酌み交わして再会を誓う喜びの歌。ゆったりとしたワルツに編曲されて、哀愁が強調されたことによって、悲劇のエンディングが暗示されている。




戦後になって焼け跡に映画館が復活し始めた1949年3月。『哀愁』が日本で公開されると、すれ違いの恋愛悲劇が受けて大ヒットになった。

特に踊りのシーンに流れたテーマ曲の評判が良かったので、コロムビアは公開から1年後に「ユージン・コスマン楽団」によるレコードを発売した。アーティスト名はそれらしい外国風に名前がつけられていたが、それは編曲者の古関裕而(コセキ・ユウジ)をもじったものだった。

このレコードが閉店の合図に使われ始めたことで、日本人の誰もが知る曲になっていくのだが、最初は有楽町や数寄屋橋あたりのパチンコ屋だったという説や、銀座のクラブやキャバレーだったという説などもあり、真偽のほどは定かでない。


映画『哀愁』を下敷きにして作られたラジオドラマ、『君の名は』がNHKで始まったのは公開から3年後、1952年4月10日のことだった。

戦時下の東京大空襲の夜、焼夷弾が降り注ぐ中で、たまたま一緒になった男女が銀座の数寄屋橋までたどり着いて一夜を過ごし、お互いに生き伸びていたならば、半年後の11月23日、それがだめだったらその半年後に、数寄屋橋での再会を約束して別れる。

忘却とは忘れ去ることなり。
忘れえずして忘却を誓う心の悲しさよ。


古関裕而の印象的なハモンドオルガンの音楽で番組が始まると、毎回同じナレーションが入ってからドラマが始まった。『君の名は』、空前のブームを巻き起こして放送は翌年まで続いた。



1953年には松竹で映画化されると、これも邦画史上空前の大ヒットを記録する。映画『君の名は』からは、織井茂子が歌った主題歌の「君の名は」だけでなく、挿入歌に使われた「イヨマンテの夜」もヒットした。

それらの歌を作曲したのが、『哀愁』のユージン・コスマン、つまりは古関裕而だったというのも、音楽が取り持つ不思議な縁を感じさせる。



「哀愁」


「君の名は」

●Amazon Music Unlimitedへの登録はこちらから
●AmazonPrimeVideoチャンネルへの登録はこちらから