エンターテイナーだった父メリル・ローブと、モダン・ダンスの父と呼ばれたマーサ・グレアムの舞踏団でダンサーをしていた母リリ・ローブの間に生まれたフィービ・アン・ローブは、シェルター・レコードに見出されてデビューするに際して、フィービ・スノウと名乗ることになる。
デルタ・ブルース、ディキシーランド・ジャズ、クラシックと様々なアメリカのルーツ音楽に接してきた彼女に、その名前はぴったりだった。
フィービ・スノウ。
それは、アメリカの鉄道会社がコマーシャルに使った女性キャラクターの名前である。
DL&W(デラウェア・ラッカワナ・アンド・ウエスタン)鉄道は、ペンシルバニアからニューヨークまで路線を走らせていた鉄道事業者で、蒸気機関車全盛時代、DL&Wの売りは、ペンシルバニアの無煙炭だった。
そこで彼らは白いドレスの女性を広告宣伝に起用したのである。白いドレスが汚れない列車、というわけだ。そしてその女性は、フィービ・スノウと名づけられていた。
フィービは、ギリシア神話に登場する月の女神だった。そして白いドレスを連想させるスノウが組み合わされたのである。
フィービ・スノウのデビュー・アルバム「フィービ・スノウ」の邦題には、「サンフランシスコ・ベイ・ブルース/ブルースの妖精」というサブタイトルがつけられた。
このアルバムからシングル・カットされた「ポエトリー・マン」が大ヒット。デビュー曲がいきなりヒット・チャートのナンバーワンに輝いた時、フィービはジャクソン・ブラウンとツアー中だった。
♪
もっと話して
行かないで
あなたはポエトリー・マン
すべてに韻を踏ませてしまうの
♪
恋をすると、すべてが美しく、ポジティブに見える時がある。22歳のフィービは、その感情を、詩人のマジックにたとえたわけである。
もしかしたら、その詩人とは、ジャクソン・ブラウンなのではないか?
そう邪推する者もあった。だが、違うことはすぐにわかった。
フィービは、子を宿していた。そしてその父親は、フォーク・シンガーのフィル・カーンズだった。そして「ポエトリー・マン」がヒットした1975年の年末、フィービは娘を授かる。だが、彼女は深刻な脳障害を患っていた。
あまりに短い檜舞台。しかし、フィービは娘を看護することを選択するのである。
ところで。詩人とは、フィル・カーンズのことだったのだろうか。リッスン・コムというサイトで、フィービは次のように語っている。
「あの曲は、私が人生で書いたふたつ目の歌なの」
フィービは大学に進学したばかりだった。
「オープン・コードで、ギター・ピッキングの練習をしていたっけ。オープン・チューニングではなくて、オープン・コード…。そしてそのギターに思いをのせたの」
彼女には愛する人がいた。だが、愛する相手には、家庭があった。
「それがよくないことだとは知っていたけど、私はそのロマンティックな感情に夢中になっていたのよ」
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