1968年に結成されたキング・クリムゾンは、アルバム『クリムゾン・キングの宮殿』で1969年にデビューした。
プログレッシブ・ロックを確立させた初期のキング・クリムゾンは、アメリカに生まれたロックンロールを起点にして、クラシックやジャズの要素を取り入れることで、ロックを大きく発展させることに貢献した。
しかしリーダーのロバート・フリップがそれ以降、バンドのメンバー・チェンジを繰り返していったことなどから、音楽性は時代によって変化している。
『クリムゾン・キングの宮殿』のA面3曲目に入っていた「エピタフ(墓碑銘)」は、8分49秒にも及ぶ大作だったので、時間が長過ぎることからシングル・カットはされていない。
しかし当時からファンの間では幻想的なメロディや世界観の人気が高く、初期のキング・クリムゾンにとってのみならず、プログレッシブ・ロックの代表曲になっていった。
当時はカウンターカルチャーの時代だったこともあって、日本のリスナーにもテーマとして、身近に感じられたに違いない。「預言者が言葉を残した壁が継ぎ目から崩れていく」という歌い出しの歌詞からして、曲が始まった瞬間に、早くも終末感が漂ってくる展開になっていた。
また強烈なヴィジュアルによるイラストのジャケットも、リスナーの想像力を大いに刺激するものであっただろう。
この有名な曲を自分のものにして、1970年代の後楽園球場のライブでカヴァーしたのが、日本に生まれた“ロックの申し子”ともいえる西城秀樹だった。
1979年に出た2枚組のライブ・アルバム『BIG GAME ’79 HIDEKI』に収められた「エピタフ」は、激しい雨にみまわれながらも、雷鳴が轟く中で決行されたことで、この日のハイライトになっていった。
コンディションが最悪に近い状態だったので、中止も考えられる状態にあったことは容易に想像できる。実際にライブ音源として使えない曲もあって、2曲ほどはアルバム収録のために、スタジオで追加レコーディングを行ったという。
だがシンプルで武骨とさえいえる「エピタフ」は、歌と演奏が完全に一体化して、この日にしか表現できない領域にまで達していた。
そういうときにこそ、西城秀樹というアーティストは真価を発揮する。
この貴重なライブ音源からしか伝わってこない魅力は、ほんものの音楽による素晴らしい瞬間が、幸運にもマルチテープに記録されていたから、後世に残されたのである。
本人もスタッフもロックが心から好きで、しかも勉強熱心だったからこそ、積極的に洋楽をライブで取りあげていたことがよくわかる。
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