「My Blue Heaven(私の青空)」は、アメリカでも有名なスタンダードの一つであり、これまでグレン・ミラー楽団、コールマン・ホーキンス、ファッツ・ドミノ、ビング・クロスビー、フランク・シナトラなど、数え切れないほどの歌手やミュージシャンにカヴァーされてきた。
2007年にはノラ・ジョーンズが『偉大なる足跡 ファッツ・ドミノ・トリビュート・アルバム』でカヴァーし、子供の頃から親しんできた楽曲をまとめたアルバム『カヴァーズ~私のお気に入り』(2012年)に収録している。
この曲がアメリカで発表されて広まったのは、1927年から28年にかけてのことだ。浅草オペラの流れをくむジャズ歌手、二村定一によって日本で流行したのは1928(昭和3)年からなので、ほぼリアルタイムだった。
「私の青空(あほ空)」が時間差なくヒットしたことから見て、日本の庶民もアメリカの音楽を受け入れる時代になっていたことがわかる。それには親しみやすく覚えやすい、日本語の歌詞が不可欠だった。
「My Blue Heaven」を直訳すれば「私の青い天国」だが、詩人の堀内敬三はそれを「青空」と訳した。
原曲は夕闇が迫ってくるなかで家族が待つ暖かな空間を思い、一家団欒のひとときを連想して弾む心で、「天国の存在を感じるほどに幸せな場所」が「My Blue Heaven」だと歌われている。しかし、二村定一の明るく伸びやかな歌声からは、戦前の晴れわたる日本の青空が浮かんでくる。
浅草が東京における最大の盛り場だった頃、二村定一とともに軽演劇の劇団を旗揚げしたのが榎本健一だ。映画にも進出して「エノケンの青春酔虎伝」を皮切りに、エノケンの名がつく映画で一世を風靡し、絶大な人気を博して喜劇王の時代を築いた。
さらには「私の青空」や「洒落男」「エノケンのダイナ」など、「和製ジャズ」として流行した歌をリバイバル・ヒットさせてスタンダードにしていった。戦後になってからも映画と舞台で活躍したエノケンは、「青空」を歌い継いで後世に残す役割を果たした。
エノケンの「青空」を受け継いだのは、フォークの偉人とも呼ばれた高田渡である。
2004年に全国で公開された映画『タカダワタル的』は、ステージを中心に高田渡の生活や交友を収録したドキュメンタリーだが、映画で最後に歌われるのが「私の青空」だった。
「恋しい家こそ 私の青空」と高田渡が気持良さそうに歌っているバックでは、長男の高田漣がスチール・ギターを弾いている。
高田渡が亡くなった現在は、高田漣が「私の青空」を歌い継いでいる。スタンダード・ソングとはこういうふうに伝わって生きていくものだと、父と子で証明していると言えるだろう。
最後に正月恒例のラジオ番組『大瀧詠一・山下達郎の新春放談』で、1998年1月11日に1回限りの放送として公開された、大瀧詠一による貴重な音源を紹介しよう。
「My Blue Heaven(私の天竺)」は、英語の原題「私の青い天国」をひとひねりしているところに、なんとも大瀧詠一らしい味が出ている。
時間の流れで見ると、前年の秋にドラマ『ラブ・ジェネレーション』の主題曲「幸せな結末」をヒットさせた後になる。そのときのレコーディングで久々に集まった気の合う仲間たちと、英語詞から始まるカヴァー・ヴァージョンをセッションしたものだ。
ここまで日本人に馴染んだ「私の青空」は、昭和歌謡の原点となる記念すべき曲であり、まもなく日本に誕生して90年を迎えようとしている。
*このコラムは2015年5月に公開されたものです。もうすぐ100年になります。
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