かつてビクターにこの人ありと言われた名物ディレクター・磯部健男は、雪村いづみや浜村美智子、松尾和子、フランク永井、森進一、青江三奈を世に出した人物である。
1960年に「大阪では変なダンスが流行ってるらしい」という情報を耳にしていた磯部は、「ドドンパ」というリズムに興味を持ち、それを活かしたオリジナル曲を作って17歳の少女歌手、渡辺マリに歌わせることにした。
渡辺マリが吹き込んだ「東京ドドンパ娘」が大ヒットしたのは、1961年の春だった。これがデビュー曲だと思った人は当時から多かったが、渡辺マリは前年に「ムスターファ」というトルコ産の外国曲でデビューしていた。
このときは老舗だったビクターから出た渡辺マリの「ムスターファ」以外にも、テイチクでラテン歌手のアイ・ジョージが自分で作詞してカヴァーした。新しく創業する東芝レコードに移籍したダニー飯田とパラダイスキングも、売出中だった放送作家の青島幸男によるヴァージョンを出して競作になった。
その中で大ヒットしたのが、コミカルな日本語詞がついた東芝の「悲しき60才」である。それを歌ったのは、くったくのない笑顔に特徴があった少年、18歳の坂本九だった。
ここからは坂本九は、アイドル的なスターになっていく。
ところで「ドドンパ」は、純国産の新しいリズムという触れ込みで登場した。
ドドンパ・ブームを仕掛けたのは、大阪における最大のナイトクラブ「クラブ・アロー」の支配人だった古川益雄だった。アローの専属歌手としてアイ・ジョージや坂本スミ子を育てて売り出し、自らプロデュースとマネージメントをしていた古川は、フィリピン人のバンドが持ち込んだリズムに「いける」と感じた。
アイ・ジョージが残した著書「ひとりだけの歌手」(1963年/音楽之友社)に、そのいきさつが語られている。
ぼくたちはレコーディングのスタジオで、いつもメンバーが集まるまでの時間や、休憩時間に、ドラム、コンガ、ボンゴ、ティンバル、コーバル、ギロ、タンバリンなど、ありとあらゆる打楽器で、即興的にリズムを演奏して楽しむのだ。
(略)
ある日、ふと誰かが、こんなことを言い出した。
「フィリッピンのペペ・モルト楽団が、変わったリズムをやっとったで」
「どんなんや、やってみいな」
そこで紹介されたのが、チャチャチャを変型したオフ・ビート・チャチャチャである。
二拍目に馬鹿に強いアクセントがあり、奇妙な面白さがあった。
そのリズムに合わせた「ドドンパ」のダンスが踊られたりして、仲間同士で音楽を楽しんでいるときに、アイ・ジョージがアイデアを思いついた。
「三拍目を三連音符にしたらどうだろ。よけい変わって面白いかもしれないよ」
三連音符くらいの用語はぼくだって知っている。やってみた。
ンパ、ドドド、タタ、ンパ……これで一、二、三、四、一、二というくり返しになる。
そこへ古川さんがやって来た。
「古川さん、新しいリズム作りましたよ。どうです、ちょっと聞いて下さいな」
古川は面白がったが、「オフ・ビート・チャチャチャ」では名前がむずかしすぎので、新しい名前をつけようとみんなに考えさせた。思いついたのはアイ・ジョージだった。
「ドドンパ!」
「それや、それがええわ。ドドンパ!いかしとるで。秋田のドンパン節みたいなもんや。純国産リズム、ドドンパ。よっしゃ今年の夏にアローで大デモンストレーションやって大いに流行らしてやろうやないか……」
こうして大阪で自然発生的に生まれた「ドドンパ」を、古川は意図的に新しい純国産リズムとして売り出した。
それを実際に成功に結びつけたのが、東京のレコード会社の敏腕ディレクターだったということになる。磯部は東京キューバンボーイズの専属シンガーだった渡辺マリの持つ伸びやかな声と、日本人ばなれしたグルーヴ感を活かしたいと思い、自分が信頼する鈴木庸一と宮川哲夫に曲と詞を依頼した。
それがものの見事に決まった。「東京ドドンパ娘」のヒットで、「ドドンパ」のリズムはその年の流行なった。
だが、意外にも後にヒット曲が続かず、尻すぼみに終わってしまった。渡辺マリにもその後はヒット生まれず、育ちの良かった本人も芸能界の水が合わないと判断し、早々に引退した。
それでも1962年にヒットした青春歌謡、北原謙二の「若いふたり」ではイントロからドドンパのリズムが鳴っていた。1964年に爆発的なヒットを記録した松尾和子&和田弘とマヒナスターズの「お座敷小唄」も、アレンジはドドンパがベースになっている。
しかしその頃から「エレキギター」のブームが起こり、1966年のビートルズ来日公演を契機に、日本の音楽シーンは大きく変わっていく。海外から輸入されるリズムの流行は、ロックの時代になるとほぼ自然に消滅していった。
●この商品の購入はこちらから
●Amazon Music Unlimitedへの登録はこちらから
●AmazonPrimeVideoチャンネルへの登録はこちらから
TAP the POP協力・スペシャルイベントのご案内
【オトナの歌謡曲ソングブックコンサート in YOKOHAMA】開催
1917年に開館した横浜の歴史的建造物「横浜市開港記念会館」(ジャックの塔)で、昭和の名曲を愛する一流のアーティストが集ってコンサートを開催!
昭和に憧れる若い人からリアルタイムで昭和歌謡に慣れ親しんだ人まで、幅広い世代が一緒に楽しめるコンサートです! “国の重要文化財”という、いつもと違う空間が醸し出す特別なひとときを、感動と共にお過ごしください!!
▼日時/2025年6月7日(土曜) 開場17時/開演18時
▼場所/横浜市開港記念会館講堂(ジャックの塔)
▼出演
浜田真理子 with Marino(サックス)
畠山美由紀 with 高木大丈夫(ギター)
奇妙礼太郎 with 近藤康平(ライブペインティング)
タブレット純(司会と歌)
佐藤利明(司会と構成)
▼「チケットぴあ」にて4月5日(土曜)午前10時より販売開始 *先着順・なくなり次第終了
SS席 9,500円 (1・2階最前列)
S席 8,000円
A席 6,500円
「チケットぴあ」販売ページはこちらから
▼詳しい情報は公式サイトで
「オトナの歌謡曲ソングブックコンサート in YOKOHAMA」公式ページ
【同日開催】
スペシャルイベント「令和の中で進化する昭和カルチャー」
会館内にある2つの大会議室では、公演前の時間から「昭和」「歌謡曲」「横浜」をテーマにした様々なレクチャー、トークショー、展示などを実施予定。この日ジャックの塔は「オトナの歌謡曲」のテーマパークとなります。
「斉藤ネオンサインと踊るミエのドドンパレッスンと昭和トークセッション」
(チケットはこちらから)
https://ticketdive.com/event/konjyaku-odoru-0607