ジョー・ストラマーとミック・ジョーンズが初めて言葉を交わしたのは、1976年4月3日だといわれている。
ジョーが当時組んでいたバンド、101ers(ワン・オー・ワナーズ)のライブを観に行ったミックは、「バンドはひどいが、お前のことは気に入った」とジョーに声をかけたそうだ。
当時、ミック・ジョーンズは新しいバンドの結成に向けてリード・シンガーを探していた。ミックのマネージャーで、のちにクラッシュのマネージャーとなるバーニー・ローズの推薦もあり、バンドはジョー・ストラマーをバンドに加えようと動き始める。
5月下旬、彼らの誘いを受けたジョーは、自身のバンドを続けていくか、バンドを抜けてミックの新バンドに入るかを、中国の易経で占うことにした。
結果は、「友といるべし」だった。
普通なら、それまで共に活動してきたバンドメンバーを「友」と解釈するところを、ジョーは新しいバンドのメンバーこそが、自分の「友」となるのだろうと解釈した。あるいはすでに、内心では答えが出ていたのかもしれない。
こうしてジョーは101ersを抜け、ミック・ジョーンズのバンドに加わることを決める。
6月1日、ミックやポール・シムノンがリハーサルをしているところへ、ギターのキース・レヴィンとマネージャーのバーニーに連れられたジョーが現れた。
ミックによればこのとき「俺たちは全員びびってた」という。それというのもジョーはすでに地元で知られた存在で、しかも他のメンバーより3歳も年上だったからだ。
しかし、ジョーがバンドに溶け込むのに時間はかからなかった。お茶を飲みながら話をしたり、互いの曲を紹介したりしているうちに打ち解け、午後からは早速ジョーを加えてのリハーサルが始まった。
ジョーとミックの2人はソングライティングのパートナーとなり、次々とクラッシュの楽曲を生み出していくこととなる。
まずジョーが手早く詞を書き上げると、それにミックが即座に曲をつけるといった調子で作っていき、バンドがそれを形にしていった。
最初に出来たといわれる「I’m Bored With The U.S.A」は、もともとミックの書いたラブ・ソングで「I’m Bored With You」という曲名だった。ところが、ジョーが“You”を“U.S.A”にしたことで、この歌は「反アメリカ」のメッセージ・ソングへと生まれ変わったのだ。
「互いにドンパチ打ち合ってたようなもんさ。ミックが『Career Opportunities』っていう曲を作りたいって言うだろ。するとオレが『わかった。じゃあ、お前はポールとケンタッキーにでも行ってポテトコロッケでも買ってきてくれ』って言って、あいつらが外出してる間に歌詞をひねり出すんだ」
ポール・シムノンが新聞記事で目にした「Clash」という単語から、ザ・クラッシュと命名されたこのバンドは、わずか1ヶ月で十分な数の新曲を揃えると、セックス・ピストルズの前座として人々の前に現れ、 翌年には1stアルバム『白い暴動』をリリースして、ピストルズと並ぶパンク・ムーブメントの中心的存在となっていく。
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(2015年3月28日公開/2015年10月17日改訂)
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