2010年1月14日、ウッドストックの音楽シーンにおいて重要な役割を担ったシンガーソングライター、ボビー・チャールズ(享年71)が、ルイジアナ州アブヴィルの自宅で倒れ死去した。直接の死因は明らかになっていないが、晩年の彼は糖尿病など健康上の問題を抱えており、腎臓癌の治療中だったという。
1938年、ルイジアナ州アブヴィルで生まれたボビーは、17歳の時に白人アーティストとして初めてブルース/R&Bの名門レーベルであるチェスと契約。ビル・ヘイリー&ヒズ・コメッツによるカヴァーでも有名な「See You Later, Alligator」などの名曲を生み出し、スワンプロックの発展に大きな功績を残した。
しかし、チェス時代は歌手として売れることはなく、テネシー州ナッシュビルの大きなラジオ局WLACの深夜のDJ、ジョン・Rの下で“雇われソングライター”として作品を生み出していく。
ボビーが書いた曲は、後にファッツ・ドミノやドクター・ジョン、レイ・チャールズなど数多くのアーティストに取り上げられることとなる。また、彼はライヴ活動を極度に嫌っていたミュージシャンとしても知られる。
1970年代初頭、ニューオリンズ音楽シーンの衰退とともに、ニューヨーク州郊外のウッドストックへ移り住んだ。その頃のウッドストックと言えば、あの伝説のロックフェス“Woodstock Music and Art Festival”の後、ボブ・ディランやザ・バンドなど多くの著名なミュージシャンが集まっていた。
そんな環境の中で、ボビーはザ・バンドのメンバーと交流を深めていく。当時、ザ・バンドはボブ・ディランと共にアメリカ南部の音楽に傾倒し始め、南部出身で頭角を現してきたアラン・トゥーサンと出会うこととなる。そして、アランを介してザ・バンドと繋がり、一枚の名盤を生み出す。
1972年、ザ・バンドのメンバーやドクター・ジョン、デヴィッド・サンボーンら錚々たるミュージシャンをサポートに迎えて、自身初のソロ名義アルバム『Bobby Charles』を発表。
その後、1976年に行なわれたザ・バンドの解散コンサート“ラスト・ワルツ”にも参加するなど、ウッドストックの音楽シーンにおいて重要な役割を担った。
1978年にはリヴォン・ヘルムのRCOオールスターズの一員として来日。その後、また暫く空白期となるが、1987年に久々の新作『Clean Water』をリリース。1990年代には、カナダのストーニー・プレインより2枚のアルバムをリリースするなど、マイペースながら活動を続けている。
一方で、ライブ活動からは一層遠ざかるようになり、2004年には、ポンデロサ・ストンプ、2007年にはニューオーリンズ・ジャズ&ヘリテッジ・フェスティバルへの出演がそれぞれ決まっていたにも関わらず、いずれも出演を取りやめている。2008年、ドクター・ジョンのアルバム『City That Care Forgot』では5曲を共作している。
ウッドストックの地に本物の南部音楽を伝え、多くのミュージシャン達に大きな影響を与えたボビー・チャールズがウッドストックに滞在したのは、実はわずか2年程の期間だった。
Bobby Charles
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執筆者
【佐々木モトアキ プロフィール】
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