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ビッグ・リボウスキ〜怠惰な男たちをチャンドラーの世界に放り込んだコーエン兄弟作品

『ビッグ・リボウスキ』(The Big Lebowski/1998)


何もをやっても、例えそれがどんな駄作であっても、一定の評価を得る人がいる。熱狂的かつ影響力の強いファンに支えられ、持ち上げられるからだ。小説や音楽の分野に限らず、映画の世界でもこの領域に達することのできる作り手はごくわずか。ジョエル&イーサン・コーエン兄弟は間違いなくそんな映画監督/脚本家だろう。

1980年代から助手や低予算インディーズで活動していた二人の名が知れ渡ったのは、90年代になってから。独特のムードを漂わせる『ミラーズ・クロッシング』(1990)やカンヌでパルム・ドールや監督賞を受賞した『バートン・フィンク』(1991)だった。映画作りを楽しむその姿勢はその後、アカデミー賞の脚本賞を獲った『ファーゴ』(1996)、大ヒットした『オー・ブラザー!』(2000)と続き、 『ノーカントリー』(2007)では遂にアカデミー賞の作品賞・監督賞・脚色賞の三冠に輝く。他にも作品を発表するたびに必ず話題になるチームである。

『ビッグ・リボウスキ』(The Big Lebowski/1998)は、コーエン兄弟らしさが光るカルトムービーとして知られる。「レイモンド・チャンドラーの探偵小説世界を湾岸戦争の真っ最中の1991年に設定」して描いてみせたという話にもあるように、兄弟がこれまで影響を受けてきたロサンゼルスを舞台にしたポップカルチャーや風景が全編に散りばめられた、壮大な映画愛を感じずにはいられない傑作となった。

この映画がチャンドラーの大きな影響のもとにあることは間違いない。主人公がいくつものエピソードを演じながら、自分の知らなかった世界へ入り込んでいき、それまで会ったこともなかったようなタイプの人間たちに出会っていきながら、謎を解いて、ある人間を探し出そうというものだ。奇妙な旅と言ってもいい。明るいLAではなく、罪深いLA。これも我々の興味を引いた点だ。


ロケーションから衣装や小道具に至るまで、細部へのこだわりもハンパないのがコーエン映画の特徴の一つ。使用する音楽もボブ・ディラン、キャプテン・ビーフハート、エルヴィス・コステロ、ニーナ・シモン、ケニー・ロジャース、ジプシー・キングス、ヘンリー・マンシーニ、タウンズ・ヴァン・ザント、ブッカー・T&ザ・MG’s、CCR、サンタナ、イーグルスとあらゆる音楽が聴こえ、統一感とは無縁のカオス状態。

主演したジェフ・ブリッジズでさえ「この映画のストーリーは正直よく分からない」と言ったほど。もはやジャンル分けなど意味のない“ゴールなき展開”。コーエン兄弟の映画に「こうあるべき」という堅苦しいルールは存在しない。この無茶がメジャーでできるのは、やはり撮影や編集の技術力の高さが備わっているからだ。キャストやスタッフにも恵まれているのが彼らの強みでもある。

マリファナの靄の中で怠惰な暮らしをしている男を、チャンドラーの世界の放り込んだら面白いだろうと思った。元ヒッピーの主人公は70年代のあらゆる流儀をそのまま現在に持ち込んでいる。変わることを拒否している。70年代に囚われている。


フィリップ・マーロウがよく殴られ、意識を失ったように、ジェフ・ブリッジズ演じるデュードも倒れまくる。時代遅れのボウリングに夢中になり、油断と隙だらけの愛すべきキャラクター。他にジョン・グッドマン、スティーヴ・ブシェミ、ジュリアン・ムーア、レッチリのフリー、ジョン・タトゥーロ、フィリップ・シーモア・ホフマン、ベン・ギャザラ、サム・エリオット……それにしてもクセの強い、凄い顔ぶれが集まった。

予告編


『ビッグ・リボウスキ』


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*日本公開時チラシ

*参考・引用/『ビッグ・リボウスキ』DVD特典映像、パンフレット
*このコラムは2019年4月に公開されたものを更新しました。

評論はしない。大切な人に好きな映画について話したい。この機会にぜひお読みください!
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