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むつひろしと浅川マキのソングライティングによる「ちっちゃな時から」

2015年にオネストジョンというイギリスのレーベルから、アルバム『MAKI ASAKAWA』が発売になった。この浅川マキのUK盤を企画して発売にこぎつけたのは、ロンドン大学の教授でもあるアラン・カミングス。

彼が書いた詳細なライナーノーツにはこんな紹介が出てくる。

「彼女はカウンター・カルチャーのアイコンであった。深夜と煙草と酒の声、常に黒い衣装を纏っていた日本版ジュリエット・グレコのような装い、個人的な面と政治的な面の両方で、敗北や失望や喪失を味わった同時代の人々を、静かに癒してくれた…」


デビュー時からずっと浅川マキのプロデューサーだった寺本幸司は、しばらく前にロンドンのEMI本社を通じて、コンピレーション・アルバムの発売の許諾を出したにもかかわらず、その後はずっと制作の進捗状況がわからないままだったという。

なぜならば日本の発売元だった東芝EMI(当時はEMIミュージック・ジャパン)が、2013年4月にユニバーサル・ミュージックに吸収されたばかりか、歴史あるレコード会社のイギリスEMIまでもが消滅するという事態になっていたからだ。

しかし2015年の晩秋になってから、アルバムはイギリスでリリースされた。


Maki Asakawa

寺本の手元に正式なサンプルがアナログ盤とCDで届いたとき、季節はすでに冬になっていた。CD盤の封を開けるの時の気持ちを、寺本は高校生だった頃のように手が震えたと記している。

4年も前に、東芝EMIからオネストジョンというレーベルが、浅川マキのレコードを出したいといっているが、と言って来たので許諾し、カメラマンのタムジン(田村 仁)に写真を送ってもらった。その後、東芝EMIばかりでなくEMI本体もなくなるなんて、信じられないゴタスタがあって、すっかり忘れていた。そして、ようやく手にしたサンプル盤である。手も震えようというものだ。正座するような気分で、じっくり聴いた。


寺本がまず驚いたのは最も初期の「眠るのがこわい」(詩・寺山修司 曲・下田逸郎)から、1曲目が始まっていたことだ。

イギリス人が選曲するというので、たぶん後期の前衛的なジャズっぽい作品が多いのだろうと思っていた先入観は、のっけから吹き飛んでしまったという。

そして2曲目がファースト・アルバムに入っていたR&Bテイストの「ちっちゃな時から」で、しかもわざわざライブ・ヴァージョンが選ばれていたのである。

さらに聴き進んでいくと6曲目にもふたたび「ちっちゃな時から」が、今度はスタジオ・ヴァージョンで収録されていた。アナログ盤ではB面の1曲目になるのだが、これには誰しもが驚いて当然だろう。

最後まで聴くと日本におけるベストとはかなり異なるユニークな楽曲が多かったが、全体に曲の流れはスムーズで意外性もあった。

この個性的な選曲したのは誰なのか、寺本はそう思わずにいられなかったという。

ベスト盤にも入っていない「ゴビンダ」や「ポロと古鉄」「キャバレー」、デビューアルバム「浅川マキの世界」から蠍座で収録した「前科者のクリスマス」「雪が降る」まで入っている。聴き終わって、変なんだが、知らない浅川マキに出会ったような気分になった。ビニールカバーを外す勇気も出ないまま、長いこと、アナログLPのマキの顔を見つめていた。


さて、「ちっちゃな時から」を浅川マキとともにつくった作曲家のむつひろしとは、1960年代にポリドールの洋楽部門で活躍して「コーヒー・ルンバ」を流行させたディレクター、松村孝司のことである。

その後に邦楽制作へ異動となった松村は、グループ・サウンズのブームで人気絶頂だったタイガースを担当している。

また米軍キャンプを回ってキャリアを積んできたベテランのヴォーカル・グループ、キングトーンズに自ら書いた楽曲「グット・ナイト・ベイビー」を提供し、1968年にでレコード・デビューさせて成功に導いた。

これは日本でヒットしただけでなく、1969年にはアメリカでも発売になって、R&Bチャートの最高48位にランクインした。

同じ時期に小田島和彦というペンネームを使って、日本のR&B歌手として売り出されていた和田アキ子の最初のヒット曲「どしゃ降りの雨のなかで」の作曲も手がけている。

松村は黒人音楽のブルースやドゥーワップ、R&Bの魅力を活かした楽曲作りで、その頃は実に個性的なヒット曲を作っていたのだ。
<参照コラム>R&Bの傑作「グットナイト・ベイビー」と異色の演歌による二重唱「昭和枯れすすき」の作曲家むつひろしとは?

そしてデビュー前だった浅川マキと組んで生まれた楽曲が、R&Bテイストの強い「ちっちゃな時から」だった。それから40数年の歳月を経て、松村が浅川マキとつくった楽曲の普遍性が、イギリスでアラン・カミングスを通して発見されたということなのかもしれない。


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