TAP the SONG

アメリカでチャートインしたR&Bの「グットナイト・ベイビー」と、ド演歌の「昭和枯れすすき」を作った男

2015.03.06

Pocket
LINEで送る

キングトーンズの「グットナイト・ベイビー」がアメリカで発売になり、全米R&B部門で48位にランクされたのは1969年のことだ。

基本的に黒人音楽しかランクされない「Rhythm&Blues」のカテゴリで、日本のコーラス・グループがチャートインしたのは初の快挙だった。

「グットナイト・ベイビー」の作曲者は、当時ポリドール洋楽課に勤務していたディレクターの松村孝司。
自分でR&Bのレコードを制作したかった松村は、米軍キャンプを回ってキャリアを積んできたベテランのキングトーンズをレコード・デビューさせて、見事に大ヒットを生み出したのである。

グッド・ナイト・ベイビー

松村はその後も和田アキ子の「どしゃぶりの雨の中で」、浅川マキの「ちっちゃな時から」、石川セリの「八月の濡れた砂」と、黒人音楽のブルースやドゥーワップ、R&Bの魅力を活かした楽曲作りで個性的なヒット曲を作っていく。
ただしポリドールの社員だったから、むつひろしや小田島和彦のペンネームでこっそり仕事をしていた。

1972年にプロデューサーとして独立すると、松村は以前から試してみたかったアイデアに取り組んだ。
泥くさいと言われている”ド演歌”にハーモニーをつけて、それを男女のデュエットに歌わせる企画だった。

泥くさい”ド演歌”に西洋的なハーモニーを付けるなど、誰もやったことがなかった。
しかし松村は時代遅れの”ド演歌”で、新しい音楽の魔法が生まれるかどうかに挑みたかった。

そのためにあえてありきたりの歌詞で、一見すると凡庸としか思えない作品を選んだ。
どこにでもありそうな歌詞が、男女がハモって歌うことで魅力的になることを証明したかったのだ。

一年以上もの時間をかけた試行錯誤の末に、歌詞とメロディがやっと完成した。

淋しさに負けた いえ 世間に負けた
この街も追われた いっそきれいに死のうか
力の限り生きたから 未練などないわ
花さえ咲もかぬ 二人は枯れすすき


松村は無名で苦労を重ねている歌手を探し、売れそうもない二人の前座歌手が選ばれた。
デビューにあたって二人は、”さくらと一郎”と名付けらた。

ありふれたその凡庸な名前は、2年前にあがた森魚が歌ってヒットした「赤色エレジー」の主人公、”幸子と一郎”にヒントを得たと思われる。
<参考>変な歌や訳がわからない歌の代表格、あがた森魚の「赤色エレジー」

そもそも松村が”演歌をハモらせよう”と閃いたのは、「赤色エレジー」に触発された可能性が高かった。
ジャケットも「赤色エレジー」にならって、”絵”でいくことにしたのだと本人が言っていたのだ。

選ばれたイラストレーターは東京大学駒場祭のポスターで注目された橋本治、後に作家として大成するが当時はまだ無名だった。

橋本治

こうして演歌では不可能と言われていたハーモニーを持つ、”変な”ド演歌が1974年7月21日に発売された。
しかし「昭和枯れすすき」はまったく売れなかった。

それでもスポーツニッポンの記者だった小西良太郎は、「男と女の声が、ハモリながらかけ違うサビのあたり、えもいわれぬわびしい情緒あって、ふしぎな歌だ」と好意的だった。

報知新聞の伊藤強は、次のように評していた。

男女がそれぞれで違うメロディの演歌をうたっているという感じなのである。
これがとても奇妙なふんいきを作りあげ、”ヘンな歌だな”という気をおこさせる。
この”ヘンな”というのは、決して否定的なニュアンスではなくて、むしろ面白さに通じるものなのだ。
ただこの面白さは、往々にして楽屋だけのことに終わりがちであり、問題はこの”奇妙さ”をどうアピールしていくかの作業に大きなポイントがあるのだ。


その”ヘンな歌”を世間にアピールして大ヒットに結びつけるのが、テレビドラマの演出家・久世光彦である。

しばらく前から、気になる歌があった。歌のタイトルも、歌っている歌手もわからないが、それは奇妙な歌だった。ポップスならともかく、演歌なのに男女でハモっているのだ。演歌の二重唱なんて、聞いたことがない。


久世はざわざわしている麻雀荘で聞いた暗い歌を、自分がプロデュースするドラマのなかの挿入歌で使おうと決めた。
ドラマのタイトルは『時間ですよ・昭和元年』、「昭和枯れすすき」にはこれ以上ないハマりだったのだ。

10月からドラマがスタートしても、しばらくの間は何の反応もなかった。
ところが年の瀬の頃からレコードがじわじわと売れ始めて、年が明けるとドラマの劇的なシーンに流れたことによって、プレスが間に合わないほど注文が殺到し始める。

最終的に「昭和枯れすすき」は150万枚を売り上げるという記録的なヒットになり、音楽には魔法が起きることが見事に証明された。
松村孝司と久世光彦、ほんもののプロデューサー同士の鋭い感性が、阿吽の呼吸でつながった結果だった。

「昭和枯れすすき」


「グッド・ナイト・ベイビー」

(注)久世光彦の引用は「ベスト・オブ・マイ・ラスト・ソング」文春文庫の387ページからです。

Pocket
LINEで送る

スポンサーリンク

関連アーティスト

関連するコラム

[TAP the SONG]の最新コラム

このコラムへの感想・コメントを書く

Pagetop ↑